カメがウサギにドンブリ勝負

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『よみがえる仏の美』展 静嘉堂文庫美術館

とある展覧会へ行ったとき、他の展覧会のチラシが何枚か並べてあって

おや?若冲という文字が見えたような?!
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あの若冲もならった名品、「文殊・普賢菩薩像」も公開!

それは、見てみたい。
是非とも見てみたい。

場所は、静嘉堂文庫美術館。
聞いたことがあるような、はて、場所はどこなんだろう?
東京じゃなかったらどうしよう、と思ったら。

東京都世田谷区!
失礼しました。


しかも、全期間≪曜変天目≫と≪油滴天目≫が展示されているとなれば
もうこれは行くしかない。

ドキドキ。

そう、初めての場所。
しかもバスに乗る。もうそれだけで緊張。
そして美術館の入口から美術館へ至る道が、これまた想像以上で。
それはまた、別の機会に書こうと思います。


若冲が描いた《普賢菩薩像》《釈迦如来像》《文殊菩薩像》は、こちら。
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そして、今回の展示で展示されていた《普賢菩薩像》と《文殊菩薩像》
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正確には≪釈迦文殊普賢≫張思恭(ちょうしきょう)筆 三幅のうち二幅。

現在、張思恭の≪釈迦如来像≫はクリーブランド美術館が所蔵しているとのこと。
その≪釈迦如来像≫も加えて比較してみると
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確かに構図や色合いが似ているような。
若冲が描いた《普賢菩薩像》219.4×110.1cm、《釈迦如来像》212.4×111.4cm、
《文殊菩薩像》210.4×114.4cmとのこと。

残念ながら張思恭の作品の大きさが私には見つけられなくて。

そして調べている時に、2014年にクリーブランド美術館展なるものが開催され
この≪釈迦如来像≫も来日していたという情報が。くー。
でもまぁ、そのとき見ていたとしても当時は今よりもさらに若冲作品に詳しくない私。
作品説明に書いてあったとしても、ピンときたかどうかは別の話ですし。
ましてや過去の話ですから、今さらどーこー書いてもしかたない、と思いつつも
見たかった。くー。


若冲は、この絵をみて「巧妙無比」と言ったそうで。
もともと張思恭の描いた三幅は京都・東福寺にあったとのことなので、
その時にこの絵を見たのでしょうか。

そうかぁ、若冲が見た絵を私も見ているのか。
しみじみ。
丁度、この二幅の正面にベンチがありましたので、ゆったりと見ることができたのも
嬉しかったです。

すごいなぁ、そもそもは14世紀に描かれた絵を、江戸時代の人と、平成の時代に
生きている人間が見ている訳かぁ。
修復されつつ、受け継がれてきたんだなぁ、と。

今まで見てきた浮世絵や絵画も、有名な画家たちが見てることはあったし
そんなにしみじみ思わなかった自分も不思議なんですが。

特に今回の展示が修復をテーマにしているから、余計にそれが感じられたのかも
しれません。


美術館入口でチケットを購入し、中へはいるとラウンジが。
そこには国宝≪曜変天目≫と重要文化財≪油滴天目≫が展示されてました。
ミュージアムショップで購入した絵はがきは、こちら。
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照明ではなく、自然光で国宝と重要文化財を見たのは初めてかもしれない、と。
ケースの周りをグルグル、下から見たり、上からのぞいてみたり。
光の加減で表情を変える器たち。
特に≪油滴天目≫は、外側まで油滴が沢山見えて綺麗だなぁ、と。
どちらも高台まで黒釉がたっぷりとかかっているのも好きでした。

こちらもミュージアムショップで購入した小冊子。
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この冊子によると、昭和9年に≪曜変天目≫を岩﨑小彌太氏が所有することに
なったそうですが。
「名器を私に用うべからず」と、生前一度もこの茶碗を所有することがなかった、と。
今のところ完全な姿で現存する≪曜変天目≫は世界に3つ確認されているだけで、
その1つが自分の手元にあったなら。
ちょっと、それでお茶を飲んでみたいという誘惑に私なら駆られてしまいそう...
いや、でも壊したら困るし、そうゆう意味で止めておくかもしれません。



展示室へ入ると、まず展示されているのが≪普賢菩薩像≫鎌倉・13世紀の作品で、
修理後初披露だそうです。
画面全体に折れや めくれといった損傷が多くみられたため平成25,26年の
2年間かけて修理したそうです。

肌裏紙(はだうらがみ・絵が描かれている絹の裏側に直接貼られた裏打ち紙)を
剥がさないで装丁されており、経年によって硬くなった肌裏紙折れの原因に
なっていたそうで。
可能な限り除去して、新たに肌裏打ちを行い更に折れ部分を補強することで
折れを解消した、と。


画面に細かい金の線で模様が描かれていて、すごい視力の持ち主だなぁ、と
感心していたら、説明書きに“截金(きりかね)”という技法が使われている、と。

”截金”とは、細かく切った金箔を貼って模様を作る技法。
仏像や仏画の尊い姿をより崇高にあらわすために飾る(荘厳する)ことを
目的として用いる、と説明にありました。

描いてない...
描くのも大変だと思っていたんですが、あの細さに金箔を切って、貼る......
気が遠くなりそうでした。

白象に乗った普賢菩薩。象の足元には五色の雲が。
その表現も、また細かくて。
白象の1本の牙が3本に分かれているように描かれているのも、
白象の足元に鍋敷き(!)みたいなのがあるのも可愛かったです。
そうそう、若冲が描いた普賢菩薩の象にも、鍋敷きみたいな描写が。
これは一体、どうゆう意味があるのかしら??


展示室を進むと、真ん中に仏像の入った4つのガラスケースが。
それぞれに寅神像、卯神像、午神像、そして酉神像。
木造十二神将立像のうちの4軀とのこと。

京都・浄瑠璃寺旧蔵の十二神将立像は、明治時代に寺を離れたそうで
現在は子神、丑神、寅神、卯神、午神、酉神、亥神の7軀が静嘉堂文庫美術館に、
辰神、巳神、未神、申神、戌神の5軀が東京国立博物館に所蔵されているそうです。

なぜ前半6軀と後半6軀という分け方ではなく、2か所で保存されることになったのか??
という私のアホな疑問はさておき。

美術館が所蔵する7軀のうち、今回展示されている4軀は修復作業が終了したとのこと。
運慶作なのではないか?ということですが、今回修理した4軀からは断定できるものが
発見されなかったようで。

私が思っていたよりも小ぶりな像でしたが、どれも表情豊かで、うっすら模様も見えて
いつか12軀揃ったところも見てみたいなぁ、と思っております。

ちなみに十二神将とは、病気の苦しみから人々を救う薬師如来を守るための眷属
いわばガードマンである。
平安時代後期(12C)になると、十二支と結び付けられ頭上にシンボルを戴く姿を
見ることができる、と。
このシンボルが、うん、まさに!というものだったり、ちょっと可愛かったりと
それぞれ違っているように私には見えました。

この十二神将たちはヒノキ材による寄木造り(よせぎづくり)ないしは、
割矧ぎ造り(わりはぎづくり)で作られているそうで、1212年頃制作されたものでは
ないか、と説明にありました。

それぞれ、修理の様子もパネルで紹介されていまして
午神像は右前腕部を取り外したところ、内部に鮮やかな赤い色彩があったこと
卯神像は左うえどぉ取り外したところ、左腕によって守られていたため装飾の色彩が
確認できたとか、
酉神像をCTスキャンしたところ、玉眼を内側から固定する材をとめるために
14本もの竹釘が使われていることが分かった、と。通常は2~8本。
非常に特徴的な玉眼の固定方法だということです。

少々長くなりましたので、次へつづく。







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by yui_usakame | 2016-06-05 21:25

『若冲展』 東京都美術館で購入したグッズ その②

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なんだか、淋しい。
まだ会期は終わってないけれど、自分はもう今回の展示が見られないと思うと
なんだか淋しい。


という訳で、追加購入したグッズをご紹介。
その①はコチラです。


そうそう、前回行ったときは若冲展のロゴなどが印刷されたビニールに入れてくれましたが
今回は無地になっていました。
あまりの盛況ぶりで印刷が追いつかなかったのかな??


≪鳥獣花木図屏風≫ 手ぬぐい
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屛風の枠のデザインも取り入れられていて、すごく素敵!
2つだけ残っていたので、すみません、大人げなくササっとカゴへ。


≪果蔬涅槃図≫ エコバック
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裏は無地です。


≪菜蟲譜≫ A5クリアファイル
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本当は、もう少し暗い色合いなのですが、光ってしまって。
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内側は、こんな感じ。可愛い蛙がいたり、題字が入っていたり。


≪牡丹小禽図≫ A5クリアファイル
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≪老松白鳳図≫ A5クリアファイル
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一体何万本の線を描きこんでいるのか、と思うと気が遠くなる、この羽の描き方。
その根気と集中力に、もうただただ驚きです。



≪群鶏図≫ A5クリアファイル

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若冲の絵で鶏が正面を向いている絵を見るたびに、
正面から見ると鶏って、こんな感じに見えるんだったかな、と小学校の裏庭に
飼われていた鶏たちを思い出そうと思うのですが。

いつも思い出すのは、名古屋コーチンと、暴れん坊の白色レグホン。
レグホンは一回檻を出してしまうと戻すのが大変だったなぁ、なんてことばかり
思い出してしまい。
結局は、正面顔を思い出せないのでありました。


≪動植綵絵≫全三十幅 A4クリアファイル
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ありました、ありました。
前回私が見つけられなかったクリアファイル。

百人一首は覚えられないけれど、その三分の一ならば覚えられるかもしれない。
全三十幅の作品名を覚えてみようかしら、とか訳の分からないことを思う
今日この頃です。

それにしても、今回はクリアファイルの購入数が多かったなぁ。
レシート見つつ、苦笑しております。







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by yui_usakame | 2016-05-22 14:35 | 美術展

若冲展 後期展示への道のり

連日流れる、若冲展の待ち時間情報。

200分を超えることが珍しいことではなくなり、
一体いつ見に行けばいいのか、と思案しておりました。

でももう、心を決めるしかない!と5/17(火)に休みを取ったものの、
なんと朝から雨。

一応4時に起きてみたものの、寒がりな自分が雨の中で待ったら
きっと足が攣ったりして作品どころじゃなくなりそうだし、と弱気。
どこか未練がありつつも、別の展覧会へ行くことにして二度寝。


その日は10時の時点で、入室まで約240分という公式ツイート。
平日、しかも雨なのに、むしろ待ち時間増えてる???

夕方には雨が上がる予報だったので、雨があがったら、なんてしぶとく思ってましたが
残念ながら一日雨が降っており断念。

金曜の夜に行こうか。
と思ったら、仕事が溜まってそれどころではなく。


もう、行くのを諦めよう。


前売り券を購入してあるけれど、仕方ない。


でも、どこかなんだか落ち着かない。
毎日毎日、公式ツイートを見ては待ち時間に驚きつつ
でも、そんなには一人で待てる気がしないし......

寒さにも暑さにも弱いし。うぐ。


だけど、落ち着かない。
前期展示で「あれはじっくり後期にみよう!」と見残してきた作品や
後期展示の作品が気になる。


日本国内にある作品なら、いつかは見られるかもしれない。
でも、もしかしたら、もしかしたら、プライスコレクションは、もう里帰りが
ないかもしれない。(いや、まったく今後の予定は知らないのですが)


それでもって、動植綵絵の全点展示はさすがに数年内にはないだろうし
たとえ見られたとしても、もっと体力も気力も低下している自分。
果たして、行けるかどうか分からないし。


行こう、かな。

起きられたら。


一応、準備して寝よう。
そう昨日の夜に思いまして。

寒さ対策、暑さ対策、待ち時間対策を漠然と考えて就寝したのが22:30。


恐らく1時過ぎから眠れなかったと思います。
まだ薄暗い3:30からゴソゴソと準備を始め、始発電車を目指し出発したのが
午前4時前。
バスの始発は2時間後のため、駅まで歩き。


途中で食料を調達し、ここで一気に荷物が重くなるという。
買いすぎだ。明らかに、買いすぎだ。
けれど、お腹が空いてしまっても気が散ってしまうし、と。


4時半ぐらいの始発電車には、そこそこ人がいて。
一体、みなさんどこへ行かれるのか?も、もしや、じゃ、若冲展?!

乗客が少ないけれど、冷房は通常モードなのか冷え冷えする車内。
いやぁ、さすがに外でもこんなには寒くないだろう、なんて思ってたのですが
まさか、その予想が外れるとは。


乗車中に待機列について調べてみたら、本日は午前2時から並んでいる方が
いらっしゃるという情報が。恐るべし。
徹夜組まで登場するなんて、一体どうなるんだ今日は。


5:40ごろ東京都美術館に到着。
すでの150人ほど並ばれていました。
思ったほど多くなくて、非常に安堵しました。
この位置なら、第一陣で入れそうです。

殆どの方が携帯用の椅子や、新聞紙の上に座ったり、座布団に座ったり。
私も持って行ったプチプチ(梱包材)の上に座りまして。


6時前に係りの方登場。
「列を作り直すので、皆さん一度お立ち下さい」とのこと。
こ、こんなに早くから係りの方がいらっしゃるとは思いませんでした。

そして再び着席。
そういえば、6時にお寺の鐘が聞こえました。
二度と、この時間に聞くようなことはないだろうと思いつつ。


その後は8時まで、ひたすら座ってました。
半袖+カーディガン+薄手のウインドブレーカーでは足りず
首にはストールをグルグル巻きつけまして、日焼け防止用に持って行ったボレロを
お腹に巻きまして(!)、汗をふくために持って行ったはずの手ぬぐいをウインドブレーカーの
中で密かに片腕に巻きつけるという。

到底人様にお見せできる恰好ではない格好で座っておりました。
もう少し待ち時間長かったら、ホッカイロも出動させるところでした。
それぐらい建物に一番近い列は日が当たらなかったです。

暑いのも困りますが、まさかここまで寒いとは。
手が冷えてしまい、最後の方はずっとさすっておりました。
薄いダウンジャケットを着てる方がいらっしゃいましたが、まさに正解。
素晴らしい判断力。


開門するというので、列が動き出したのが8時前。
下りエスカレータの手前まで先頭が誘導され、私もテントの下で30分ほど
立ったまま待機。

館内に入ったのが8:30ごろ。

荷物を持ったまま見るしかないと思っていたのですが、ラッキーなことに
私の後ろで一旦列がストップしたようで。
ロッカーに仕舞っている間に追い越される心配がないのが分かり、お財布と
携帯電話だけ持って荷物をロッカーに預けられました。
これは本当に嬉しかったです。



8:44ごろ入場開始。


ロビー階は後期展示作品だけ見まして、1階の≪釈迦三尊像≫と≪動植綵絵≫へ。

そう、そう、この光景を見たくて仕方なかったんです。
混雑してない時間帯に、ぐるっと全ての作品を見まわしてみたかったんです。
嬉しくて涙が出そうでした。いや、泣いてたかも。

やや人が増えてきたので、自分の好きな絵や気になる絵をピンポイントに、じっくりと
見てから2階へ。

前回、立ち止まることなくみた≪菜蟲譜≫も、じっくり、じっくり。

≪果蔬涅槃図≫と≪石峰寺図≫は、昨年のサントリー美術館の展示でも
見たのですが、今日は≪石峰寺図≫にいたく心惹かれました。

若冲展 特別記念講演⑤で書きました≪鳥獣花木図屏風≫に貼ってあるという
小林先生の文字も、右雙の右端の黒い木(?)の部分に確認できました。

プライスコレクションの≪虎図≫も、独り占めで見られた時間があったので
とても嬉しかったです。

気になっていた作品を全て見てから、グッズ売り場へ。
壁には「売り切れ」の表示がありましたが、どうやらこれは昨日の状態だったのか
絵葉書やクリアファイルは完売と書かれたもの以外は並べられていたように
思えます。

ただ、手ぬぐいが2つしか残ってなかったので、ここぞとばかりに、はい。

ここで気が緩んだのか、一気に両足が攣るという状況に。

それでも、せっかく来たのだからともう一度ロビー階から見ることに。
すでに館内は、かなりの人人人。

でもスムーズに見られる作品もあり、ややじっくりめに愉しむことが出来ました。
ただ一階は、どこも人垣が。中央付近で左側だけ見たり、右側だけ見たり、
≪釈迦三尊像≫を後方から見つめたり。

あー、この中から次に見られるのはいつだろう、どの作品だろう、と思いつつ
会場を出ました。


いやぁ、早起きできて良かった。本当に良かった。
二度目行かなかったら、今後ずーっと気になってたと思うので。

ようやく若冲展の待ち時間を気にせず、過ごせることができます。はい。







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by yui_usakame | 2016-05-21 23:29 | 美術展

『若冲と江戸絵画展 プライスコレクション』 2006年

長年、手元にチラシだけありまして
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でも、見に行ったような気もするなぁ。
でもでも、証拠が何もないんだよなぁ、とつらつら思っておりました。

本日、ついに事実が判明!
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やはり見に行ってました。

そうだよなぁ。
私が初めて≪鳥獣花木図屏風≫を見たのは恐らく、この展覧会だったと思うんです。

どこかに、〇〇という作品は□□年に△△展に展示された、なんてことが分かる
データーベースがあればなぁ。
と、あくまで他力本願。


今回の若冲展で、さも初めて見たような気がしてた≪葡萄図≫も
≪紫陽花双鶏図≫も≪旭日雄鶏図≫も≪竹梅双鶴図≫、≪伏見人形図≫
そして≪鷲頭≫まで。


頭くらくらしてきました。

この目で見たはずなのに。くっ。

今回の出品目録に≪虎図≫、≪雪芦鴛鴦図≫と書いてあって、
『若冲と江戸絵画展』の出品目録には≪猛虎図≫、≪雪中鴛鴦図≫と
書いてあるのが同じ作品だとするならば、
たぶん、同じだと思うのですが、

今回の若冲展に出品されているプライスコレクションの全部を、10年前に
見てるということに。なのに。あぁ。

見たことあるけれど、テレビとか雑誌でだろうな、って思ったのは。
自分の目で見てたのか。がっくり。


≪若冲と江戸絵画展≫で、私が一番記憶に残っているのは
亀岡規礼の≪虎図≫だったという。
この作品は、こちらのページで見られます。

もう閉館間際だったのか、一人でこの絵を見られる時間があって。
「あぁ、この子可愛いなぁ。くれるなら、この子がいいなぁ」なんて思ってた記憶はあるので。
そうそう、最後の最後でもう一度≪鳥獣花木図屏風≫見て。
面白いことする人だなぁ若冲さん、って。


いやはや、参りました。
出品目録見てたら、この展覧会面白そう!!って思ってしまった自分。
それなりに真剣に見ていたはずなのに。なのに~、なぜ~。
って10年前の自分を責めても仕方ない。

見に行っていただけでも、褒めてあげよう。
図録買ってたら、もっと褒めてあげられたんだけど。


ま、愚痴はさておき。
いくつかグッズも購入していたのでご紹介。
10年前のグッズを、今さらご紹介。

まずは≪紫陽花双鶏図≫のA4クリアファイル
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普通サイズの絵葉書
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お猿さんの絵は、どちらも森狙仙の作品。
なぜか2枚ずつ購入してありました。よほど気に入った様子。
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≪鳥獣花木図屏風≫(右隻)
左隻はなかったのかしら??

こちらは10×22.5センチの変形絵葉書
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折り目が付いておりまして、山折り谷折りしますと屏風になるという
仕掛けとなっております。
途中まで軽く曲げてみたけれど、もったいなくて止めた模様。

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長沢芦雪≪白象黒牛図屏風≫


それにしても、あの広い平成館を埋められるほどのプライスコレクション。
一体、何点ぐらいお持ちなのかしら??と思ったら展覧会のチラシに
書いてありました。

>展覧会では、プライスコレクションの約600点の絵画作品の中から
>プライス氏と東京国立博物館が共同で選んだ101点を展示いたします。
(ちなみに、出品目録には109点掲載されています)

>今回はとくに、ガラスケースを用いず、光の効果に工夫を凝らした展示室を
>1室設けました。光の変化によってさまざまに変わる絵の表情をお楽しみください。

そうかー、約600点。
すごい。凄い量だ。保管するだけでも大変そうだ。


で、え?
ガラスケースなしの展示......。

あの日に帰りたい。
帰れるなら、この展覧会を見ている、あの日に帰りたい。
そんなことを思う、ゴールデンウィークであります。






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by yui_usakame | 2016-05-01 20:37 | 美術展

若冲展 特別記念講演⑥

さて、若冲展の特別記念講演で聞いた話をメモを頼りに書き起こしてみたシリーズ
いよいよ最終回です。
①は、こちらです



Yは司会の山下裕二さん
Tは辻惟雄さん
Kは小林忠さん
Jはジョー・プライスさん
Eはエツコ・プライスさんを表しております。
エツコさんがジョーさんの言葉を通訳して下さっています。


*********************************************************

■プライス邸のバスルームの写真

Y「象さんの耳のところからシャワーヘッドが」

あー、雑誌に出てたの見たことあるなぁ。
なんで買っておかなかったのか、十年前の自分!!と
激しく後悔しておりましたら。


後日、家族が「あったよ」と。
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おおおー。これだ、これだ!
ありがとう、ありがとう。

山下氏とジョーさんの対談。
辻先生へのインタビュー、ジョーさんへ≪鳥獣花木図屏風≫の購入を持ちかけた
京都の古美術商・柳さんへのインタビュー、≪動植綵絵≫全点のカラー図版などなど。

山口晃氏の絵による若冲の人生双六まで!!
今回の図録と一緒に大切に保管せねば。

そして、これがバスルームの写真。
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Y「意外と狭いんですよね。
 エツコさん、こうゆうことをやってくれる会社があったんですね?」

E「サンタモニカに60歳の女性がいまして、写真を見て是非作ってみたい、と。
 このタイルは1インチ四方です。(1インチは約2.54センチだそうで)」

Y「では実物よりも少し大きいですね」


■そして、ジョーさんの背中を流す(ふりをしている)中村氏の写真
 二人とも上半身裸でございます。

Y「そして、私も。
 雑誌撮影で、私がプライスさんの背中を流している、という。
 (先ほど載せた雑誌の写真とは、反対の方向から。
 つまり、ジョーさんと中村氏の側から撮った写真がスライドに映っておりました)
 奥にいるカメラマンのオノさん(恐らく、小野祐次さん)この撮影大変苦労されて。
 魚眼レンズで、なんとか撮影して」


Y「では最後に≪動植綵絵≫の話を少しして終わりたいと思うのですが。
 いま、30幅が一堂に並んで展示されています。30幅プラス釈迦三尊の3幅。
 こうゆう風な形で展示されるのは、今から十年ほど前に京都の承天閣美術館に
 ≪動植綵絵≫が里帰りした以来、初めてのことです。
 今後も当分ないでしょう。最低でも10年、もっと、ひょっとしたら私が生きている間にも
 ないんじゃないかってぐらい。
 先生方は、まぁ......」

最後の最後までアグレッシブな山下氏。

Y「そうゆう滅多にない機会なので。
 先生方三人それぞれに≪動植綵絵≫の中で、この1点というのを選んでいただきたいと
 思うんですが。 では、ジョーさんから」

E「これです」
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≪菊花流水図≫

E「『御物若冲動植綵絵精影(ぎょぶつじゃくちゅうどうしょくさいえせいえい)』という本で
 白黒でしか見ていなかった」


Y「それが、日本に来て特別な計らいで」

E「京都の国立博物館に」

Y「当時、京都国立博物館にいらした武田恒夫先生の計らいでジョーさんは
 実物を見ることができた、と」

E「はい」

Y「その時の話をジョーさんに伺いましょう」

E「本で見たとき白黒で見てたんですが、この一点が見たいとずーっと希望していた。
 ある時、京都国立博物館へ行った際に武田先生が
 「お好きじゃないかもしれないけれど一点ありますよ」と。
 展示室へ行ったとき、色が付いていたから大泣きした、という」

(今回の展覧会の図録には、「多分お望みのものだと思うが、しかしながら
 万が一違うものである可能性もある」と言われたという記述になっていました)

Y「プライスさん、涙を流されたという逸話があります」

E「白黒だと思っていたから、(実物を見て)驚いて興奮しちゃって大泣きしちゃって。
 皆、恥ずかしいので部屋から出たという」

ちなみに、ジョーさんが見た御物。
数ページ、こちらで見ることができるのですが。
なんと、その中にジョーさんが長年憧れてきたモノクロの≪菊花流水図≫の
ページが載っております。

確かにねぇ、モノクロだと思っていたものがこんなにも鮮やかな色だったら
驚いちゃうでしょうねぇ。


Y「では、辻先生は?」

T「私は見る日と、見る場所によって(好きな一点が)変わるんですけど...
 今日は...≪群鶏図≫」
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Y「この間の日曜美術館では、確か別の物を選ばれて...」

たまたま録画してあったので見たところ≪南天雄鶏図≫を選ばれてました。

Y「今日は、なんといってもコレ。この絵の魅力というのは?」

T「羽毛がバラエティに富んでいるでしょう。組み合わせ、掛け合わせ方が凄いね。
 鶏の数は足の本数から分かるんですが、どれが、どの鶏の羽なのか
 分かりませんでしょう」

Y「どの部分が、どの鶏なのか。これ実は見ても分かりにくかったりするんですよ。
 そして1羽だけ正面向きなんですよ。他のはあっち向いてホイみたいに
 いろんな方向を向いている。1羽だけ正面。
 若冲自身の姿の投影だと私は思っているんですが。
 他の絵でも、スズメがワーっと飛んでいる中に1羽だけ白いのがいたり
 (≪秋塘群雀図≫)
 そうゆう1つだけ他と違う、という表現が良く出てくるんですね。
 辻先生の【今日の】一枚は、これですね。
 今日の一枚、っていうとなんだか『美の巨人たち』みたい」

Y「では、小林先生の本日の一枚は?」

K「私も毎回違うと思いますけれど。
 どれをとっても素晴らしいですが、今日の一点は≪蓮池遊魚図≫」
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K「私は、多くの方がそう思われると思いますが、この30幅は釈迦三尊に捧げた
 抽象的な絵画だと思うんです。
 仏様に見ていただきたい、という描き方を若冲はしているんじゃないか、と。
 仏様の目でとらえると、水の中だろうが、水の上だろうが、みな見えてしまう。
 そうゆう世界を、この絵は描いているんじゃないかな、と思います」

Y「いうまでもなく、蓮の花というのは水面の上に咲くものです。
 ところが、ここには水の底みたいな地面が描かれていますし
 魚は、ま横向きだから、まるで水槽の中を泳いでいるのを横から見ているような。
 考えてみたら、非常に不思議な視覚が合成されているんですが、それなのに
 違和感なくこの絵を見ることができるんですね。
 そして先ほどの鶏じゃないんですが、一匹だけ種類の違う魚が描かれている。
 
 小林先生の仰られた仏様の目で見るっていう視覚。
 ますます≪動植綵絵≫および若冲の作品における仏教的な意味合いというのは
 これからさらに研究課題として残されているのではないかと思います。

 最後に、私の一点を。
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 ≪芦雁図≫という≪動植綵絵≫の中では地味な部類に入る絵なんですが
 なんと氷が張った池に、まっさかさまに墜落していく雁ですね。
 芦雁図というのは伝統的な画題で、よく描かれるんですが
 こんな風に墜落していく、しかも氷が張ってあるなんていう絵は他にないんですね。
 夢の光景みたいに私には見えるんです。
 若冲の絵にはシュールレアリスムにも通じるような、深層心理とか
 夢の投影みたいなものが、そうゆう要素があります。
 ≪動植綵絵≫の中でも、私は最も怖い絵のように見えるんですね。
 それが昔から心に引っ掛かるような感覚がある絵と思って見ています。
 
 いずれも≪動植綵絵≫は素晴らしい作品ばかりなんですが、
 今回は至近距離で、じっくり見られますから、会場で見ていただきたいと思います。

 最後に、この会場の観客および若冲のファンの皆さんへのメッセージを
 先生方から、ごく簡単に短い言葉でいただきたいと思います。
 では、小林先生からお願いいたします」

K「NHKの特別番組のディレクターさんが、テレビで見るより実物は素晴らしい、と。
 実物の凄さ、美しさを皆様の曇りのない目でみていただきたい」

Y「ありがとうございます。
 では辻先生、お願いいたします」

T「今回はLED照明で、非常にクリアで隅々の細かいところまで見えますので
 お見逃しなく」

Y「ではプライスさん、お願い致します」

E「いつも申し上げることなんですが、絵を遠くの方から見て、そして絵の方へ近づいて行って
 絵が何か皆さんに語りかけてくれると思いますので、語りかけてくれるまで 
 じっと待っていれば若冲と、他の作品もそうですけれど、会話ができると思います。
 自分の方から質問するんじゃなくて、絵が教えてくれるのを待っている。
 そうすれば絵のことがもっと分かってくると思います」

Y「こうして我々が今この場にいて、そしてこれまでも半世紀にわたって交友関係が
 続いているのも、ひとえに若冲の絵が持っている力がなせるわざなんじゃないかと
 思います。
 過去、若冲ほどこんなに短期間のうちに急速に知名度が上がって多くの人から
 熱狂的に支持されたという例は、今まで他にいなかったんじゃないか。
 まさに若冲が日本美術ブームをけん引していると思います。
 この展覧会は、その記念すべき最大の成果であると思います。
 
 どうぞ他の方々にも、この展覧会並んででも見た方がいいよと仰っていただければと
 思います。
 今日は長時間にわたって、ご清聴ありがとうございました」


という訳で、長々続きました講演会の記事もこれにて終わります。
お読みいただきまして、ありがとうございました。







.
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by yui_usakame | 2016-04-30 21:47 | 美術展

若冲展 特別記念講演⑤

さて、若冲展の特別記念講演で聞いた話をメモを頼りに書き起こしております。
①は、こちらです



Yは司会の山下裕二さん
Tは辻惟雄さん
Jはジョー・プライスさん
Eはエツコ・プライスさんを表しております。
エツコさんがジョーさんの言葉を通訳して下さっています。



**********************************************************

■≪紫陽花双鶏図≫の紫陽花部分のアップ写真

Y「この紫陽花の花弁。この線は、輪郭線を引いているのではなくて絹の素地を
 残しているんですね。相当、集中力がなければ描けない細かい描写だと思います」


■≪雪芦鴛鴦図≫の写真
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Y「これもプライスさんが荻原さんから購入されたそうですが、これは≪紫陽花双鶏図≫と
 一緒に買われたわけではないんですね?」

E「次の年です。≪紫陽花双鶏図≫と≪雪芦鴛鴦図≫と二点同時に出たんですけれど
 若かったのでお金がなくて、≪紫陽花双鶏図≫だけ購入して。
 帰国してから銀行でお金を借り、≪雪芦鴛鴦図≫を買おうと翌年戻ってきたのですが
 その時、荻原さんは値段を吊り上げていたんですね」

Y「値段を倍にしていた」

E「それで、なぜこんなことをするんですか?と聞いたら、良いものが出るときは
 一度しかチャンスがないかも分からないから、ということを教えるために、と。
 それでも倍の値段で購入しました」

E「この絵はジョーがとても気に入っていて、雌の頭の部分が水に入っていて...」
d0075206_111746.jpg

本当だ、水中での描写なんですね。

E「素晴らしい表現の仕方で」

E「若冲の絵を見るときは絶対にディテールを見ていただかないと、
 若冲の本質は分からないと思うんです」

Y「鴛鴦は≪動植綵絵≫の中でも≪雪中鴛鴦図≫というのがあります。
 鴛鴦夫婦というぐらいですから、普通は夫婦和合の象徴として描くんですが
 若冲が描く鴛鴦は、全然仲が良さそうじゃないんですね。
 全然違う方を向いているし。
 ここにも何か若冲の意識が投影されているんじゃないかと思うんですけれど」


■≪虎図≫の写真
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Y「これが≪虎図≫です。
 若冲自身が賛の中で、これは中国の絵を模写したと書いていますが
 この絵の元になる絵が、京都の正伝寺にあります。
 現在の研究では、この絵は中国ではなく朝鮮の絵画だろうと言われていますが
 若冲は中国絵画だと思って模写しています」


■≪虎図≫アップ写真

Y「若冲の絵はオリジナルを凌いでいていますね。これだけ拡大すると、どれだけ
 若冲の筆遣いが細かいか分かると思うんですが。
 辻先生は、この絵がプライスさんのところへ入る前はご存知でしたか?」

T「知らなかったです」

Y「では、プライス・コレクションに入ってから、辻先生も初めてご覧になった、と。
 この作品は若冲における模写という行為を考えたときのカギを握る非常に重要な
 作品ですね」

T「だいたい、模写というのは原本の方が素晴らしく、模写した方が劣るのに
 (若冲の場合は)逆になってるっていうのが」

Y「普通では考えられない。つまり若冲の模写というのは一旦全部パーツをバラバラにして
 ピカピカに磨き上げて組み立て直すみたいな。
 オリジナルを見る目も、見かたも、常人とは違うみたいなことだと思うんです」


■≪虎図≫賛部分のアップ写真

Y「ここに、毛益(もうえき)という中国の画家の名前。倣毛益の”倣”という字があるのが
 分かると思います」


■≪鳥獣花木図屏風≫の写真
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Y「これを購入されたのは、ずいぶんあと。1980年代」

E「1985年です」

Y「1985年になってから、と。これは今、プライス・コレクションの中でも最も有名な
 作品になりましたけれど」


■≪鳥獣花木図屏風≫のアップ写真

Y「約1センチ四方の升目の中を四分割、中には九分割してるところもあったりします。
 これ可愛いですよね。(右双の一番左にいる茶色いペタっとした動物)
 ピカチューみたいな、ジャクチューみたいな」

くっ。笑ってしまった。


■≪鳥獣花木図屏風≫を囲んでいる模様のアップ写真

Y「周りはこうゆう不思議な柄になっていますけれども。
 これは最近判明したんですが、ペルシャ絨毯で同じものがある、と。
 その現物が埼玉の遠山記念館というところに所蔵されていて、祇園祭の鉾の飾りに
 使われていた、と。ですから間違いなく若冲はペルシャ絨毯そのものを見ていると
 思います」


■≪鳥獣花木図屏風≫升目のアップ写真

E「升目は偏っていたり、とにかく自然体で。計算高く描かれたものではない、と」

と、ここで、赤いトサカみたいな不思議な部分を見て辻先生が「なんですか、それ?!」。
いいなぁ、若冲研究の第一人者として、もう幾度となく見てるであろうに。
まだ疑問がでる絵なんですねぇ。

Y「なんかの実なんじゃないかと思うんですけどね。
 で、この屏風は長らく東京国立博物館に預けてあったそうです」


■≪鳥獣花木図屏風≫の屛風の一番外側の黒い部分に、細長い紙が。
 そこには縦書きで何か書いてある写真

Y「プライスさんのところで僕が撮ってきた写真なんですが
 ここに若冲筆鳥獣図屏風 武内家と。武内さんというお宅の持ち物で、東博の蔵の中に
 預けてあった。けれど全然展示したことがなかった。
 当時、東京国立博物館にいらっしゃった小林忠先生が当時の上司に、これを展示したいと
 言ったけれど却下された、という話があります。
 今でも残っている、この癖のある細い文字というのは間違いなく小林忠先生の筆跡です。
 そして今日、小林先生も会場にいらっしゃっているので、せっかくですから登壇を」

おおー。

Y「小林先生、今ごろアメリカへいってらっしゃるご予定だったのが、ご多忙のため
 アメリカ行きを断念されて今日こちらの会場に来ていただいております。
 これは、間違いなく先生の筆跡ですね?」

小林氏(以下、Kとさせていただきます)
「恥ずかしながら...」

Y「何年前でしょう?」

K「今から50年ほど前ですね」

つまり、もう50年も小林先生の文字と屏風は一緒な訳ですね!
あー、展示の時、端っこ見たら先生の文字が見えたんですかねぇ??
あまりにも混雑していたので、今回はよく見てこなかったんです。
後期展示で、これも確かめてこなければ。

追記 : 5/21に確かめてきました!ありました!確かにありました!
右雙の右端に貼ってありました!!


Y「小林先生は東博の館員時代に、プライス・コレクションを借用した若冲展観というのを
 開催されていますね。確か1971年だったと思います。
 その時には、この屏風はもうご覧になっていたんですか?」

K「いえ、まだです。この屏風は、国立博物館の日本絵画を収めている蔵の一番奥の方に
 箱に入っていたんですね。屏風というのは開けるのが大変なので、一人ではなかなか
 開けにくい。
 ただ若冲展、実は辻さんとプライスさんにそそのかされて(!!)やったような展覧会でして。
 ≪動植綵絵≫は東京国立博物館ならば借りられるだろう、と。
 プライスさんが、小林がやるんだったら自分の費用で自分のコレクションを運んであげる、
 保険も自分が掛けてあげる、ということで。
 多分、100万円ぐらいしか費用がなかったんじゃないかと」

Y「しかも、プライスさん図録を何百冊も買い上げてくださって」

K「千部しか作れなかったのを300部も買ってくれて。大変好評で、なくなってしまったので
 少し(プライスさんから)いただきました」

Y「完全におんぶに抱っこという」

この容赦ないツッコミと、隠し立てしないトーク内容。
うーん、いま思い出しても面白い。

K「若冲の勉強をし始めて、蔵の中に伝・若冲だったか、若冲だったかラベルが貼ってある
 箱があることに気が付いて。その頃は、まだまだ緩やかな管理状態だったから一人でも
 蔵へ入れたんですね。
 その後は、どこの美術館でも2人以上で入るようになったと思うんですけれど。
 それで一人で開けてみたら、非常に珍しい屛風だったので。
 私も辻先生の後ろにくっついて、色々へんてこりんな絵(!!!)を見てたものですから
 これは面白いな、と思って当時の上司に展示させてください、と。
 こっんなくだらない絵、国立博物館に並べられると思っているのか!と叱られました」

Y「その上司というのは、誰でした?」

K「...平安仏画の研究者でした。ふふ。平安仏画とは、遥かに趣が違いますからね」

Y「今ではプライス・コレクションで有名になったものが、半世紀前には展示することすら
 拒否された。
 小林先生は、その直後に『ミュージアム』という東博の研究紙に論文を
 発表されましたね?」
 
K「展示出来ないので、一部のみカラー図版にして論文化したんです」

Y「その論文を、後輩の私たちは読んで≪鳥獣花木図屏風≫の面白さを知ることに
 なりました」

ほー、辻さんが雑誌で若冲の絵の面白さを知ったのと同じ感じですねぇ。


Y「京都の古美術商の方が小林先生の論文を読んで、この持ち主から屏風を
 買い取られた。それをプライスさんが購入された。」

そうかー、論文から所在がバレたんですねぇ。
それにしても、古美術商の方も勉強してないと掘り出し物を見つけられないし
大変そうだなぁ。

Y「プライスさん、この屏風は初めて京都でご覧になったのですか?」

E「はい、確か1984年に。1985年に購入しました」

Y「辻先生は、これはいつご覧になった?」

T「大変遅いですね。プライスさんのところで見たんですが」

Y「じゃあ、日本では見ていない」

T「はい」


Y「プライス・コレクションの里帰り展というのは1985年(※)に東京の当時赤坂にあった
 サントリー美術館で『異色の江戸絵画』というのが開催されています」

※ サントリー美術館のホームページで過去の展覧会一覧を見てみたところ
『異色の江戸絵画 -アメリカ・プライスコレクション-』は1984年8月13日-9月23日と
記載がありました。

Y「その時は展示されていませんが、以後、プライス・コレクションと言えばこの作品が
 有名になっていって。
 近年では2003年の森美術館のオープン記念展『ハピネス』という展覧会のときに
 私がお手伝いしたんですが、その時にもこの作品を借用しました。
 
 以後、全国を巡回したプライス・コレクション展。
 ごく近年の東北3県を巡回したプライス・コレクション展でも展示された。
 その時に、東北の美術館に長沢芦雪の作品の複製を寄贈されました。

 長沢芦雪筆 「白象黒牛図屏風」の高精細複製品を仙台市博物館に寄贈

Y「色々な説がありますが、今までは升目の数が8万6千と言われていましたが
 数え直してみたら8万4千ぐらいじゃないか、と最近言われています。
 8万4千というのは仏教の用語で煩悩の数を表す数字とも。
 ですので、この絵の仏教的意味というのは今後ますます問われなきゃいけない」

枡目だけに、ますます。
いえ、何でもないです。

それにしても、煩悩って108という数字だけではないんですね。

そんな訳で、長くなりましたので⑤を終了させていただきます。
次回こそ最終回です。どんなに長くなっても最終回!の予定です。

 
 




.
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by yui_usakame | 2016-04-30 16:17 | 美術展

若冲展 特別記念講演④

前回書いた若冲展グッズで1件書き忘れがありましたので
まずは、そちらをちょこっと。

東京都美術館の常設ミュージアムショップの右端にありました
若冲缶バッヂのガチャガチャ。
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直径は3センチほど、10種類ほどあるようです。
3回挑戦し、3種類別の物が出てきました。
最近、同じものを引かなくなりましてねぇ。ふっふっふ。
といっても、ここ半年以内の話ですが。


さて、若冲展の特別記念講演で聞いた話をメモを頼りに書き起こしております第四弾。
①は、こちらです



Yは司会の山下裕二さん
Tは辻惟雄さん
Jはジョー・プライスさん
Eはエツコ・プライスさんを表しております。
といっても、エツコさんがジョーさんの言葉を通訳して下さったので
Eの表記ばかりになっておりますが......


**********************************************************

Y「ジョーさんにライトが教えたことで一番大きなことは自然の大切さ。
 ライト自身の建築も自然の摂理にしたがって建てているんだ、と。
 プライス・タワーというのも、まるで大地から生えた一本の植物のように屹立している。
 Godというのは、常にGを大文字で書くけれども、 
 自分はNature(自然)のNも大文字で書くべきだと思う。
 自然=神である、ということをライトはずいぶんとジョーさんに言っている。
 その考えは日本の死生観、宗教観、日本固有のものに近い感覚があるんじゃないかと」

E「Mr.ライトが常にジョーに言っていたのは、ここに建物を建てて自然を破壊するような
 建物を建ててはいけない。ここに建物があるから、自然がよりよくなるような建物に
 しなくてはならないと、常に彼(ジョーさん)に教えていたと」

Y「1953年、辻先生は20か21歳?」

T「若冲のじゃの字も知らなかった」

Y「その頃は東大の学生だった?」

T「はい」

Y「先生は、もともとは理科系ですよね?」

T「できればお医者さんになりたいと思っていたけれど...」

Y「東大の医学部に進みたいと思っていたのが無理で
 (どこまでも辻先生に挑む山下氏)
 なぜか美術史に進学された、と。絵がお好きだったんですね?描いてらした?」

E「上手ですよ、先生」

ほほー、一体どんな絵を描かれるのか。

Y「美術史学科に進学された時点の先生は、若冲という名前すらご存知なかった?」

T「たぶんそうだったと思いますねぇ。東急百貨店で、干支の酉年にちなんだ鳥の絵の
 展覧会があって、そこに大阪の西福寺(さいふくじ)の鶏がでていたんだけれども
 気になっていたものの見逃してしまったんです」

ちなみに、あとで分かったのですが1957年に開催された『鶏画名作展』に
≪仙人掌群鶏図≫が展示されていたそうです。
 
T「そしたら杉全直(すぎまたただし)という人、いわゆる前衛画家という人が
 その絵を見た感想を雑誌に書いていて。その感想を読んで、江戸時代にそんな絵が
 あるのか、と。だからプライスさんと違って、文字から入ったんだよね。ふふふ」

Y「先生は、最初は実物と出会った訳ではないんですね。
  (プライスさんと辻先生は、若冲との)出会い方は随分違うんですね。
 本格的に若冲を研究しようと先生が思ったのは、いつ頃ですか?」

T「だいぶ遅いですよ。『奇想の系譜』という本を書いた時でも、まだ≪動植綵絵≫を
 見ないで書いてるんだから、酷い話ですよ。ふふふ」

Y「それ、ちょっと衝撃の事実ですね!!
 1968年に美術手帖で連載を初めて、1970年に単行本にまとめられましたが
 その時点で実は先生はまだ実物をご覧になっていなかった」

T「『御物若冲動植綵絵精影(ぎょぶつじゃくちゅうどうしょくさいえせいえい)』に
 出ているのは見ていましたが」

山下氏、とても大きな本を客席に見せながら

Y「ここに1冊図録を持ってきましたが、これは、『御物若冲動植綵絵精影』という本です。
 大正十五年に発行されたもの。
 この中を開きますと、6点はカラーで図版が載っています。
 辻先生が若冲を知った頃は、この本がほぼ唯一の≪動植綵絵≫の手掛かりだった、と。

こちらのページで、その長いタイトルの本を少しだけ見ることができます。
こちらの記事の本文を読みますと、この本の現物をジョーさんと辻先生が一緒に
ご覧になったとか!お二人が揃って見られたのは1970年と。
この本の大きさは48×33cmとも書いてあります。

Y「そして不思議な縁ですが、ジョーさんもこの本を入手されているんですよね?」

E「大学を卒業した後にMr.ゴフからのギフトだって言ってましたけど、
 今(ジョーさんが)言うには借りたけど、返さなかったみたい......」

場内、何度目かの大爆笑。

E「Mr.ゴフも、それが若冲の絵であることは知らなかったみたい」

Y「これに英文がある訳でもないので、まだ若冲だとは認識していなかった、と」

E「はい。Mr.ゴフは、その本を古本屋さんで買ったようです」

Y「この本を手に入れても、まだ若冲の名前を知らない。
 でも、その後で確かカンザス大学の先生が若冲という画家の名前を教えて
 くれたんですよね」

E「台湾出身の大学教授がいらして。その後にジョーがニューヨークへ行って
 (≪葡萄図≫を購入した)同じ店で若冲の絵はないですか?と聞いたら、
 あなた既に持ってますよ、と」

今回の若冲展に、この≪葡萄図≫がでておりまして。
「そうかぁ、この作品がジョーさんと若冲の初めての出会いなのねぇ」と、しみじみしつつ
見ておりました。
この絵に出会ったことで、彼は大学卒業祝いにもらっていたメルセデスベンツ代を
絵につぎ込むことになり。そして、ゆくゆくはプライス・コレクションへ繋がっていくなんて
誰が予想できただろうか、みたいなナレーションを勝手に脳内に流しつつ。


Y「この『御物若冲動植綵絵精影』は秋山光夫さんという研究者が大正十五年に
 出版したものですが、上野の東京国立博物館を入って左側にある表慶館で
 ≪動植綵絵≫で並べたことがあって(その時の図録であるらしいです)。
 それが≪動植綵絵≫を並べた唯一の機会ですよね、辻先生?」

T「その前は、ちょこちょこっと出したこともあるようですが。
 皇室のコレクションになってからは、お蔵に」

Y「明治22年(1889年)に相国寺から皇室に献上されて、相国寺は(当時)一万円の
 下賜金をもらって お寺の経営を立て直した、と。
 以後、明治天皇が随分≪動植綵絵≫をお好きだったようで、明治宮殿に≪動植綵絵≫を
 飾っている写真が一枚だけ残っていますね」


■雑誌の取材でプライス邸へ山下氏が訪れたときの写真
 ジョーさんと山下さんが≪葡萄図≫を見ています。

「これは私が取材で伺った時に、一緒に撮った写真です。
 確か2006年ぐらいにBRUTUS(ブルータス)という雑誌で若冲の特集を
 組んだんですが、その時にプライスさんの家へ伺いました」


■≪紫陽花双鶏図≫の写真

Y「これがプライス・コレクションの中でも私は最高のクオリティの若冲だと思いますが
 ≪紫陽花双鶏図≫。
 これはお気づきの方が多いと思いますが≪動植綵絵≫の中に非常に良く似た絵が
 ありますね」
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Y「プライスさんがお持ちの≪紫陽花双鶏図≫は、≪動植綵絵≫を描いている途中に
 派生したバリエーションみたいなものと思っていいですか?」

T「落款を見ると、≪動植綵絵≫を描き始める前だと思います」

Y「そうすると、≪動植綵絵≫を描き始める前に、こういったかなり本格的なものを
 描いて≪動植綵絵≫を描き進めるための資金を作りたいという気持ちもあったんで
 しょうか?」

T「10年間、あまり他の絵が描けない訳ですから絹の代金とか貯めておかないと」

Y「≪動植綵絵≫よりも大きい≪旭日鳳凰図≫という鳳凰を描いた大幅(たいふく)が
 展示されていますが、あれも≪動植綵絵≫直前ですよね、先生?」

T「あれは、凄い絵ですよね。あの一幅でもって≪動植綵絵≫すべての作品に
 引けを取らないという」

Y「すごい力の入り方ですね」


■≪紫陽花双鶏図≫の落款部分のアップ写真

Y「この落款が≪動植綵絵≫を描く直前ぐらいのもの。
 比較的、まだ自信なさげな感じなんですね。
 もっと初期の落款って、もっと下手な字ですよね。
 いくつか、この展覧会にも出ていますけど」


■≪紫陽花双鶏図≫鶏の部分のアップ写真

Y「ジョーさん、この絵は東京の荻原さんという方から購入されたと聞いています。
 これが日本に来て初めて買った作品ですか?」

E「最初は≪虎図≫」

Y「では≪紫陽花双鶏図≫が二つ目。
 この時はエツコさんと結婚したあと。直後ぐらいですか?」

E「はい」

Y「この絵(≪紫陽花双鶏図≫)は辻先生とも縁があって、ジョーさんが購入して
 持って帰られる前に、辻先生は持ち主から借り出したことがあるそうですね?」

T「東京文化財研究所にいると、色んな情報が入ってくるんですね。
 ジョー・プライスという青年が、日本に乗り込んできて、若冲、若冲、若冲はないか?と。
 これは大変だ、と。日本から良いものが出て行ってしまう、と。
 荻原さんのところから借りて大学の研究室へ持って行き、これが見納めかもしれない
 なんて言って」

Y「辻先生が東大の研究室に、この絵を持ち込んで。
 その時に見せられた後輩が、今回の若冲展監修された小林忠先生な訳ですね。
 見納めだ、なんて全然そんなことなかったですね。
 むしろプライス・コレクションに入ったことで、以後多くの研究者が見せていただく機会を
 得た、と」


ちょっと、この話を聞いて勝手にヒヤっとしました。

一体全体、辻先生とジョーさんの初対面は、どんな感じだったのだろうか?と。
辻先生からすると、正直良い感情はなかったんじゃないか、なんて勝手に妄想。
いや、すみません、私の勝手な妄想です。辻先生は、何も仰ってないです。

ただ、個人のコレクターが入手したら、その後はお蔵入りになる可能性大な訳で。
ましてや外国へ渡ったら、もうねぇ。うむ。
まさか、こんなにもお里へ返してくれるとはねぇ。

と、またしても長くなりました。
本当は、≪紫陽花双鶏図≫の話が一段落するところまで進みたかったのですが。
あと2回ぐらいで終わるのではないかと思います。たぶん。







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by yui_usakame | 2016-04-29 22:20 | 美術展

『若冲展』 東京都美術館で購入したグッズ

本日、東京都美術館で若冲展を見てまいりました。

美術館へ到着したのは8時50分頃。
そこには想像を遥かに超える長蛇の列。

あれ。
今日、平日の水曜日だよね??と、携帯を見て確認したほど。

400人ぐらいは並ばれていたのではないでしょうか。
一番前の方は6:30から並ばれていたそうです!!
いやぁ、甘かった。

昨日も、かなりの盛況ぶりだったようですが。
今日は、昨日よりも並ぶ人が増えていると職員の方が仰ってました。


映画にネタバレがあるように。
展覧会についても、会場に行ってから展示の順番を知りたい!
と思われる方もいらっしゃるかもしれないので。

その感想は、のちほど書くことにしまして。

まずは、購入した若冲展グッズについて。
といっても今回は、ほとんど絵葉書ばかりですが......


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ものすごーく折り目がついてますが、グッズを入れてくれる袋です。
ただし、この袋にはマチがないため、図録と併せてグッズを購入した場合は
この袋ではなく、何の変哲もないビニール袋となりました。

≪菊花流水図≫ A5版クリアファイル 
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クリアファイルで、結構皆さんが手にされていたのは≪動植綵絵≫の絵が全て入った
A4のクリアファイル。
私、まったく見つけられなかったんですけど。おかしいなぁ。
後期展示を見に行ったときに探してみます。
※追記※ 5/21に購入できました!購入したグッズ その②に載せました。


≪鳥獣花木図屏風 六曲一双≫ メモ帳
大きさは、通常の絵葉書よりも少し小さめです。
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絵葉書いろいろ
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右下≪椿に白頭図≫ (背景が黒い図)の作品だけは、今回の展覧会グッズではなく
平木浮世絵財団が印刷した絵葉書きです。

そして、噂通りでした。
ありました、ありました、≪動植綵絵≫全種類の絵葉書。
1セット6枚ずつ入っておりまして、それが5セット。
≪釈迦三尊像≫セットには(当たり前ですが)3枚。
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絵葉書を止めている帯の色が違うので、同じセットを買ってしまった!なんてことは
まずないと思われます。たぶん。
まぁ、それぞれ1枚目の絵が違うから重複してたらすぐに気づくはず。うん。

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ふふふ。
これで、いつでも展覧会の様子を再現できる訳ですね。
じっくりと1枚ずつ近くで見られたけれど、全体を見渡すには人が多すぎて
並び順を楽しむとか、左側と右側の絵の並びを比較するということが難しかったので
絵葉書で再現して楽しみます。うう。

ちなみに、グッズ購入までは30分並びました。


そして、これは東京都美術館の常設ミュージアムショップで購入した
≪白象群獣図≫のA4クリアファイル。
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※ こちらの作品の展示は、今回の展覧会にはございません。
  (はい、でも買ってしまいました。サントリー美術館で見たときは、クリアファイルには
   なっていなかった、ような??)



さて。

ここから下は、展覧会の状況や感想やら。
そして、気になった点を。いや、すみません、気になりすぎた点を。
あの、進むほどに愉快な内容ではないのでお気を付けください。

でも、書かずにはいられない......



*************************************************************

これまで遠足でも、運動会でも、楽しすぎて前夜眠れなかった!なんて
記憶が一度もない私ですが。

今回の若冲展は愉しみすぎて、昨日はよく眠れませんでした。
眠れないなら、作品を見る順番を考えてみよう、なんて思いまして
(いつもなら展示作品リストを先に見ることすらしないのですが、
今回は混雑するだろうし、あらかじめチェック)

開門前から並ぶつもりなので、最初のフロア(ロビー階)を飛ばし、1階に展示されている
≪動植綵絵≫から先に見てもいいかもしれない、なんて考えていたほどです。

ところが、まさかの人出。混むのは予想していましたが、甘かった。大甘でした。
1階からロビー階へ戻っても大変なことになりそうだし、順番に見て行こうと心に決めました。

が。

なんだか、心が落ち着かず。
この上のフロアに≪動植綵絵≫があるかと思うと。
さらに、その上にはプライスコレクションや≪象と鯨図屏風≫が待っているかと思うと。

ロビー階で一番混んでいたのは、83年ぶりの発見されたという岡田美術館所蔵の
≪孔雀鳳凰図≫。
他の作品は、さほど列になることもなく見ることができました。
入口近くにある≪糸瓜群虫図≫の前には、誰もいなかったんです!!
皆さん、やはり気が急いているせいでしょうか。


1階の≪釈迦三尊像≫&≪動植綵絵≫展示。ここはもう。うん。
9年ぶりの顔合わせ、しかも次回は何時見られるか分からないと思ったら
大混雑にもなりますよね。満員電車のような感じで、でも絶対一番前で見たいと
思ったので、粘り強く待ちました。

ここだけで1時間以上かかった気がします。
それにしても大きかったなぁ。1枚描くだけでも相当な体力と精神力だと思うのですが。
すべての作品を10年ぐらいかけて仕上げているとはいえ、他の作品の制作もあった訳で。
うむー。超人すぎる。

さて。問題は、というか個人的に一番残念だったのは1階2階の展示です。
展示されている作品は、どれも素晴らしかったです。
正しく書きますと、1階2階の展示方法が残念すぎました。


まず壁の色。
画遊人、若冲(2)コーナーの壁の色。

薄いピンク。


私としては嫌いじゃない色。
色は嫌いじゃない。

けれど、美術館の展示にあの色は...
どうしても目に入ってしまうのです。
近くに寄って作品を見ているときはいいのですが。
離れたところから屏風図を見ようとすると、どーーーしても視界に入るピンク。
っていうか、作品の後ろもピンクになってるから、どうしたって視界に入るピンク。



お分かりいただけましたでしょうか?

せっかく、MIHO MUSEUMから≪象と鯨図屏風≫が来てくれたのに。
なのに、海の風景とマッチしないピンク。
どうしてくれよう。


しかも、≪象と鯨図屏風≫と向かい合って展示されている≪仙人掌群鶏図襖絵≫。
ここの距離が短すぎて、とてもじゃないけれど≪象と鯨図屏風≫の良さが分からない。
あんなにサントリー美術館で見て、感動して、展示を一通り見てから何度も何度も戻って
見に行った、あの作品と同じ作品とは思えない。

書いていて、だんだん哀しくなってきました。
わたしゃねぇ、今まで展示方法について文句書いたことないんです。
あー、もうちょっと工夫できなかったのかなぁと思ったことはあっても
ここまで思ったことは一回もなかった。

だって≪象と鯨図屏風≫の前に、常に人が2・3人しかいないんです。
信じられますか?普通だったら、なんてラッキー!!ってなると思うんです。
でも、あの場所ではそうなっても仕方ないと個人的には思いました。

可哀そうだ。可哀そうすぎるよ。ううう


≪仙人掌群鶏図襖絵≫の裏に≪蓮池図≫を展示したかったお気持ちは
お察しします。もとは、同じ襖の裏と表に描かれていたそうですし。
だから、展示方法としては私も良かったな、と思うんです。

まぁ、それだけのせいじゃないとは思いますが展示スペースが1階2階は全体的に
狭くなりすぎてしまって。
実にもったいなかった。あれだけ良い作品を並べているのに、あれじゃ勿体ない。
勿体なさすぎるよ。


あと、係りの人の誘導が......
「列に並ばなくても、2列目からみたらいい」的な案内なんです。
2列目から見られるなら、みんな見てますって。
それでも見えないから、みんな自然発生した列を作って一番前で見たいと思ってるのに
「私たちは、列を作って見てくださいとはいってません」的な。
混んでしまうから、人が滞留しないようにしたいのは分かりますが。

だって、せっかく来たんですもの。
ゆっくりは見られなくても、せめて間近で見たいと思うのが人情ではございませぬか?


≪鳥獣花木図屏風≫を見たい人たちの列で≪虎図≫が見えなくなってしまったり

≪菜蟲譜≫を見たくてもオカシナ誘導のせいで、どんどん割り込みが入り
増々見るのに時間がかかったり。

これから迎えるゴールデンウィークは、一体どのように人を誘導するんでしょう。


声を大にして、否、文字の大きさを大にして書きます。

作品がいいのに、作品がいいからこそ、
あの展示は勿体ない!!!!!

でもなぁ、そんなこと書いている人、今のところ見かけないしなぁ。

私だけなのかもしれません。
ぐす。

先ほどの動画のように、あれだけ空いていたらスペースは気にならないかも
しれませんが。
そんな訳で、作品には大満足したものの、展示にストレスを感じてしまったという
切なさを訴えさせていただきました。

一応、係りの方には誘導の件について進言したのですが全く聞く耳を持っていただけず。
他にも同じことを言う人々がいたので、少しは改善されることを祈ります。
壁の色は塗り替え無理でしょうけど。ううう。

誰だ―、あそこをあの色に指定したのはーーーーーー!!!

ご清聴ありがとうございました。






.
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by yui_usakame | 2016-04-27 22:26 | 美術展

若冲展 特別記念講演③

若冲展の特別記念講演で聞いた話を、メモを頼りに書き起こしております。
①は、こちらです
②は、こちらです


Yは司会の山下裕二さん
Tは辻惟雄さん
Jはジョー・プライスさん
Eはエツコ・プライスさんを表しております。


**********************************************************


■オクラホマのプライス邸内の展示室

Y「(プライス邸内に)日本美術を展示するためのスペースを作られた。
 辻先生は、ここに行かれてるわけですね?」

T「(部屋の形が)六角形か、八角形か」

E「六角形です」

T「六角形ですね
 (ここで辻先生が色々と部屋の説明をされたのですが、私の手が追いつかず残念)
 非常に素晴らしい建物だったんですが、問題は この部屋の真ん中に
池があること。これは驚いた。これは乾燥を防ぐためとか」

Y「先生は落ちてない?」

E「一人だけです、落ちた方は」

Y「その方、私よく知ってます」

E「皆、自然光で見られるようになってまして」

Y「このこだわりは凄くて。ナチュラルライト。
 日本の絵は自然光で見るべきである、と。人工照明でなく見られるようになっている」


Y「残念ながら、この建物は放火によって燃えてしまったんですね。
 何年でしたか?」

するとエツコさんが客席の一番前に座っている男性に向かって
「先生、何年でしたか?私、すぐ先生に連絡して。何年か覚えてないんですけど」

あとで調べたところ、放火は1996年のことだそうで。
そしてエツコさんが「先生」と語りかけたのは小林忠氏ということが
のちのち判明しました。
Wikipediaによると、エツコさんは小林氏のもとで美術史を学んだそうで。

E「もうカリフォルニアへいった頃ですから、15年ぐらい前?」

山下氏自身はオクラホマの家へはお邪魔したことはなく、
カリフォルニアへ行ってから知り合った、とのこと。


■若冲『紫陽花双鶏図』などが室内に飾られている写真

Y「今展示されている『紫陽花双鶏図』が見えます。
 プライスコレクションの中でも最も素晴らしい若冲の絵。
 手前にあるのは葛蛇玉(かつ じゃぎょく)という、ほとんど一般に知られていない
 名前ですがプライスさんが見いだされた江戸時代の画家と言っていいと思います」


■和風の部屋で食事をしている写真
 机の上にキリンビールのラベルが見えました。

Y「これは、かなり進んでますね」

(食事の話かと思いきや、辻先生の髪の毛の話でした)

Y「これはいつの頃か記憶ありますか?推定年齢は?」

T「ヒゲが生えているので、1つの年代を確定するあれなんですが...
 ちょっと覚えていない」


■ご夫妻、辻先生、山根有三先生の写真

Y「山根先生は、辻先生のさらに先生にあたられる方。
 プライスさんは日本にしょっちゅういらしていて、そのたびに辻先生および
 日本の研究者たちと交流を重ねてこられた」


■MIHO MUSEUM前のご夫妻と男性の写真

Y「辻先生は、この3月までMIHO MUSEUMの館長でいらした。

 今回の若冲展にもMIHO MUSEUM所蔵の≪象と鯨図屏風≫などが出ていますが
 その美術館を夫妻が訪ねられた。
 こちら(の男性)は、この展覧会を監修されている小林忠先生です」


■現在のプライス邸の写真
 この写真は山下氏が撮影したそうで。

Y「これが現在のプライスさんのお宅。コロナ・デル・マーというロサンゼルス郊外の
 車で一時間弱ぐらいのところ」

こちらのページで、プライス邸の写真が何枚か見られました。


■プライス邸の敷地内の写真

Y「玄関入って、向こう側は太平洋に面していて。プライベートビーチになっています。
 外壁は木を一枚一枚貼り重ねて曲面を作っています。
 設計はどなたが?」

E「Mr.ゴフの一番弟子でMr.Bart Princeという方。
 Mr.ゴフもMr.プリンスも、どちらかというとガウディ系ですね。
 ガウディを大変尊敬していた」


■プライス邸のバスルームの写真

これだー!かなり前に雑誌で見たことあるーーー!
こちらで1枚写真が見られます。

Y「そしてプライス邸のバスルームは、モザイクで若冲の屛風を再現して
 います」

(≪鳥獣花木図屏風≫という作品を再現しているそうです)

雑誌で初めて写真を見たとき、なんだか面白そうなご夫妻だなぁって思った記憶が。
まさか数年後に、ご本人たちから直接お話が聞けるとは思いませんでした。


■ジョーさんが掛け軸を広げている写真

Y「ジョーさんが広げている≪葡萄図≫は展覧会にも展示されています」


■≪葡萄図≫の落款がアップになった写真

Y「この作品には景和(けいわ)という落款があります。
 この展覧会には何点か景和落款という作品がでていますが、これは若冲の
 ごく初期の作品。
 辻先生、景和落款の作品は30代と考えていいですか?」

T「そうですね40歳前まですね。
 何年ぐらいまでかは分からないけれど、数年間でしょうね」

Y「30代半ばから後半にかけて、この落款を使っていた時期がある、と。
 あまり作品自体は多くないですね?」

T「そんなに4つも5つもないないですかねぇ...」

Y「数点ですよね」


■≪葡萄図≫の写真

Y「この≪葡萄図≫がプライスさんが初めて購入された作品です。
 有名な話ですが、フランク・ロイド・ライトと一緒にニューヨークの街を歩いていた、と。
 ライトがセオ商店という古美術店へ入っていった。
 プライスさんは何もわからず、ただついて行って。
 その時、ライトは浮世絵ばかり見ていたんですよね?
 ≪葡萄図≫は、壁にかけてあったのですか?」

E「ニューヨークにMr.ライトと行ったときは、(ライトが)グッゲンハイム美術館を
 建てていて。
 古美術商のお店に一緒に入ってMr.ライトの後ろで非常に退屈していたんですが
 後ろの壁に、この絵が飾ってあって。
 すごく気になっていたんだけれど、Mr.ライトの御付きできているものですから
 自由にはできなくて。
 Mr.ライトをプラザホテルまでお送りして、また同じ店に戻った、と。
 
 Mr.ライトから教わっている自然の本質というものが良く出ていて、それでこの作品が
 欲しいと思い購入した、と」

Y「その時点では、まったく若冲という名前はご存じなかった?」

E「全然。ホテルからお店へ戻る間に絵が売れてしまっているんじゃないかと非常に
 ドキドキした、と。よっぽど好きだったみたいです」

Y「それが1953年ですね。23~24歳の頃」

E「他にも数点見ていたようですが、Mr.ライトが「青年には、この作品は良すぎる」とか
 言って自分で買って持って帰ったものもあったようです」

Y「ライトって人は、かなり癖のあった人物だったようで。
 ニューヨークの街を歩いていても、赤信号も平気で渡っていって。
 私のために車は止まるべきだ、とか言って」

ほほー、ライト氏についても知りたくなってきました。
学生の頃、明治村まで行っておきながら帝国ホテル(の中央玄関)を
見てないんですよねぇ。
今思うと、勿体ないことをしたと思いつつ......

という訳で、またも次へ続くのでありました。






.
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by yui_usakame | 2016-04-25 23:34 | 美術展

若冲展 特別記念講演②

若冲展の特別記念講演で聞いた話を、メモを頼りに
書き起こしております。
①は、こちらです


Yは司会の山下裕二さん
Tは辻惟雄さん
Jはジョー・プライスさん
Eはエツコ・プライスさんを表しております。

**********************************************************


スライドを使って、ジョー・プライス氏を紹介するコーナー。

■馬に乗っている人々の写真

Y「これはオクラホマ。ジョーさんの生まれ故郷。
 右から2人目が幼いころのジョーさん。何歳ごろの?」

J「No」

E「あんまり覚えてないと思うんですが、5~6歳でしょうか。
 真ん中が父親です」


■飛行機の前で笑顔で立っている男女の写真

Y「これが(ジョーさんの)お父様とお母様。
 飛行機ですが、これは自家用飛行機」

Y「ジェットじゃないけれど、プロペラ。DC3という28人乗りの
 自家用飛行機の前で。お父様はどうゆう仕事を?」

E「初めてパイプラインの溶接を始めた人物。高校を卒業後、専門学校で
 溶接を学んで、パイプのコーティングをしたり」

Y「石油のパイプラインの溶接技術の特許を持っていらして、財を成された、と」


■男性2人の写真

Y「これが、お父様と建築家のフランク・ロイド・ライトと一緒にいる写真。
 ジョンさんが大学を卒業されたころにライトが設計したプライスカンパニーの
 ビルを建てることになったんですよね?」

E「大学の時です」


■ビルの写真

Y「これが完成したプライスタワー。確か19階建ての建物。
 そして、今アメリカの文化財の指定されている」

E「一応、政府からは国宝になっているけれど、今年の8月に世界遺産に
 なるかならないかが」


会場内どよめき。

Y「(現在は)いわゆる登録文化財みたくなっている」

プライスタワーの写真は、こちらで見られます。
 
うむむ、こんなにもスケールの大きな話になるとは。

Y「このタワー建設のために、ジョーさんはライトとお父様のコーディネートをするような
 仕事をするようになったということでよろしいですか?」

E「このタワーの技術方面を彼(ジョーさん)がしていたので、父親とMr.ライトの間に
 挟まってピンポンゲームのような感じで大変苦労した、と。
 それでMr.ライトと交流があってニューヨークも一緒に行った、と」

Y「あとでまた出てきますが、ライトと共に行ったニューヨークのアンティークショップで
 若冲の絵と出会われる、と」


■タヒチにて撮られたという写真。男女数名が映っていました。

タヒチにてとキャプションがついていましたが、どうやらこれはタヒチから帰ってきた後
家でタヒチパーティーをやったときのものではないか?とエツコさん。

「それは失礼しました」と言った後、何事もなかったかのように
「次へ行きましょう」という山下氏。


■上半身裸で腕組みしてる若き日のジョーさんの写真。どうやら船の上にいる様子。

E「これが仕事が嫌になって、プライスタワーも完成するということで
 帆船に乗ってサンフランシスコからタヒチに向かった」

Y「帆船を買われて、太平洋を」

E「買わざるを得なかったようです。映画俳優さんが持っていた帆船を(今までは)
 借りていたが買わなければタヒチに到着しないとか、で」

帆船の名前は”ワンダラー”だそうで。
はて、どなたから買われたのかしら。


ここで少々、ジョーさんとエツコさんが押し問答を始めました。

Y「なんだか少々揉めているようで」

この絶妙なツッコミ。
山下氏に弟子入りさせていただきたい。

どうやらご夫妻の間で、年齢?年代?のことで食い違いがあったようでして。


Y「まぁ、この加山雄三風の写真は、いずれにせよ会社の仕事に嫌気がさして
 太平洋の男となっておられた頃ですね」


■ご夫妻の結婚式(?)の写真

ここで会場から、「おお~」「可愛い~」という声が。
エツコさん、自分を指さしておられました。可愛らしい。


Y「これはどこですか?」

E「これは結婚してタヒチへ行ったとき。25(歳)と35(歳)のとき」


■日本の漁港らしきところに立っているご夫妻
 ジョーさんはスーツ、エツコさんはお着物だったような?
 ”新婚当時、別府にて”とのキャプション

E「これは熊本かどこかに」

すかさず「別府みたいですね」とツッコミ入れる山下氏。

Y「ジョーさんが初めて日本に来られたのが1963年」

E「その時、彼は美術館に行ったりお寺に行ったりで私が案内した」

Y「案内した、それがきっかけだった。そして九州まで行かれてるんですね。
 聞いた話だと、別府から京都までタクシーで行かれたと」

E「それは結婚前で。1963年の後半に(ジョーさんと)会ったんですけれど
 1963年の前半に、彼はサンフランシスコから来ていた男性たち3名と
 京都からタクシーで九州へ行き京都へ戻ってきた、と。

Y「そのタクシーの運転手も、さぞやびっくりしたでしょうねぇ」

E「その時、タクシーの運転手さんが皆生(かいき)温泉へ行ったらどうですか?と。
 (エツコさんと出会う前の話なので、あとで聞いた話だそうです)
 私は皆生温泉の近くで育っています。

 男性3人、同じ旅館に泊まった時「ヌードルショーを見に行きなさい」と女将さんに言われ
 見に行ったら実際はヌードショーだったらしくて。 
 非常に日本の山陰道を楽しんだ、と。
 その後に私と出会って、君は山陰地方の人か、と」

Y「その話は初めて聞きました」


■ワイナリーにて 1972年のキャプション

Y「これは結婚されてしばらくたってからですね」
(ご結婚は1966年)

ここで辻氏が「これはねぇ、私が」と言いかけて、すかさず山下氏に
「先生、マイクをお願いします!」と叫ばれてました。

T「これは私が招かれてシアトル経由でカリフォルニアへ。
 カリフォルニアのワイナリーで撮った写真です」

なんと撮影者は辻氏だった、と。

Y「そもそも、最初にプライスさんと会ったのは先生が東京文化財研究所に
 お勤めの時だった?」

T「そうですね」

Y「それは誰かに紹介されたのですか?」

E「京都で、若冲の絵を探しているなら東京に ひじょ~に変わった先生が
 いるから。あの先生も、一人で若冲研究しているから、と」

Y「要するに、一人で研究している人と、一人で集めている人」

笑いすぎて、お腹痛い。

私の文才じゃ、あの見事な掛け合いを再現できなくて申し訳ないのですが。
漫才でもやってますか?!ぐらいなテンポの良さで。
愉しかったなぁ。しみじみ。

Y「それから50年経って、ようやくこれだけ沢山の人が共感してくれるようになって。
 先生、この時初めてアメリカに?」

T「そうです」


■湖を見下ろせる高台にいる辻先生

E「レークタホのエメラルド・ベイという美しいところで昼食を」

Wikipediaによりますと
>タホ湖は、アメリカ合衆国カリフォルニア州とネバダ州の州境の
>シエラネヴァダ山中にある湖である。

T「1972年ですから、先生ちょうど40歳頃」

T「お若いですね。ちょっと、兆候はありますが」
そう言って、レーザーポインターで額のあたりをクルクル。

こ、この師弟関係面白すぎるんですけど。
辻氏、いじられても全く動じません。


■オクラホマにあったプライス邸の外観写真
 ブルース・ゴフ氏が設計したそうで
 
Y「ブルース・ゴフは、フランク・ロイド・ライトの友人にあたる人で
 プライスさんに若冲という存在を教えてくれたのがブルース・ゴフだった
 訳ですね。そのことについて、プライスさん教えてください」

E「(ジョーさんが)オクラホマ大学在学中に、Mr.ゴフはオクラホマ大学の
 建築学部長だったんです。
 彼(ジョーさん)は建築学部の学生じゃないけれど、毎金曜日にクラシック音楽の
 コンサートが放課後にあって、そこでMr.ゴフと知り合った。
 その前に、彼が学生新聞に写真を出してMr.ゴフが「この学生に会いたい」と。
 初めはMr.ゴフからジョー・プライスにアプローチした、と。

 父親が会社の本社を建てたいと言った時に、Mr.ゴフに相談したら
 Mr.ライトを紹介してあげるから、ということで」


■オクラホマにあったプライス邸の内部写真

E「これが居間です」

丸く大きな赤い玉を見て
Y「これは何ですか?!」

E「これは椅子です。今流行ってますけれど、当時非常にモダンな」

ここで、家の話を始めるジョーさん。

この家は3段階へているそうで

E「初めは(ジョーさんが)独身の頃。
 ちょうど私がオクラホマに来た頃に完成していた。
 キッチンが狭くて、半畳ほどしかなくて」

Y「増築を重ねられているんですね」

E「3回目は子供ができて、3階を自分のオフィスにするために」
 

と、またも長くなりましたのでここで〆ます。

これでまだ講演の3分の1ぐらいだったりします。







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by yui_usakame | 2016-04-24 17:38 | 美術展

のんびり、のびのび、書きたいときは沢山書く。書かないときは、何か月も書かない。そんな、ぐーたらブログです。
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