カメがウサギにドンブリ勝負

『美の祝典Ⅰ』 出光美術館 ≪国宝 伴大納言絵巻≫

国宝10年ぶりの公開。
しかも、四大絵巻の1つ。

そうと知ったら、これは見ておきたいという思いが
ふつふつと。

昨日、初めて出光美術館へと足を運びました。

出光美術館 開館50周年記念ということで、美の祝典が
3つのテーマで繰り広げられるようです。

Ⅰ.やまと絵の四季    4/9(土)~
Ⅱ.水墨の壮美      5/13(金)~
Ⅲ.江戸絵画の華やぎ  6/17(金)~

各期ごとに、すべて展示作品が入れ替わるという。
なんとも贅沢で、かつ、見逃さないようカレンダーに書いておかないと。



さて、国宝・伴大納言絵巻の混雑ぶりが大変気になるところ。
でも、あの若冲展の混雑を経験した今、あれ以上の混雑はないだろう。
いや、鳥獣戯画の方がすごかったかな。ぶつぶつ。
過ぎてしまえば、並んだこと、混雑したことなど忘れてしまうのでありました。


私が到着した10:30頃は、待機することなく見られましたが
1時間ほど館内を見てから戻ると、待機列ができておりました。
といっても、30人ほどでしょうか。



この絵巻は、貞観8年(866)に応天門が炎上した事件を題材にしているそうで。
いわゆる、応天門の変。
ただし、史実に基づくというよりは人々が「本当は、こうなんじゃないか」と思っている
内容を盛り込んでいるそうです。

≪ざっくりとしたストーリー≫

とある夜、応天門が炎上。
検非違使たちも駆けつけるものの、打つ手がないほどに燃えている応天門。

伴善男(とものよしお)という人物が「犯人は、左大臣の源信(みなもとのまこと)です!」
と朝廷に報告。

それを信じた天皇は、即刻、源氏に処罰を決定。
それを聞いた太政大臣・藤原良房が、天皇に「もう少し調べてからにしては」と
進言するところで上巻は終了。


≪ぐーたらな感想≫

思っていた以上に綺麗な状態で、一人一人の表情の違い、
恐がって前に進むのを嫌がって全力で踏ん張っている馬、
馬の鞍の部分にも細かい模様が書きこまれていたり、
燃え盛る炎の描写の美しいこと!
細かい髪の毛の描写、着物の模様の違いなどなど見ることができました。


詳しい説明パネルがあるとツイッターに投稿があった通り
登場人物の紹介パネル、絵巻全体の説明パネル、今期展示されている上巻の
場面ごとの説明パネルと盛りだくさんでした。


あとで図録と、絵巻だけの冊子を購入する予定だったので
説明が載っているだろうとメモしてこなかったのですが、一部載っていないようで。

一番メモしておきたかったのは、上巻の最後に登場する”謎の男”の部分。
その正体について、確か仮説が1~3まで説明されていたような。
次回の展示は中巻なので、中巻の説明パネルに変更されているだろうし。
書いておかなかったのが誠に残念。

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図録には、伴大納言絵巻全ての場面の拡大図は掲載されておりませんでした。

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冊子の大きさは、ほぼA4サイズ。裏面には検非違使たちのシーンが。
私は、この白丸をつけた方が好みでありました。

冊子には、拡大図は1枚だけ。
絵巻についての説明、登場人物の説明、全巻の写真、場面ごとの説明が。
もうすこ~し大きい絵が載っていたらと思うものの、値段が500円ですし。
贅沢は言っちゃいけませんよね。

そうだ、そうだ。
大きいのが見たかったら、複製を購入すればいいのだ。
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ミュージアムショップにも展示されておりました、完全復刻版。
会津桐箱三巻入り、印籠仕上げ、タトウ入り、とのこと。

税別365,000円。
宝くじ、買おう。

原寸大だけでなく、小さいサイズでも作られているようなのですが、
値段をメモし忘れました。

同じ会社で源氏物語絵巻の完全復刻も作られているようです。


絵巻について検索していたら、
国宝伴大納言絵巻の蛍光X線分析という文章(PDF)が面白かったので
宜しければ、ご一読くださいませ。

この文章によりますと、私が感激した炎のシーンは

>日本の絵画史の中でも特に優れた炎の表現として知られているのが、
>応天門炎上を描いたこの場面

素人にも伝わる、その凄さ。
なんとも表現しようがないのですが、本当に炎なんです。
炎の形が、いかにも燃え盛っている感じで。ああ、語彙が足りない。

冊子には

>日本絵画における三大火炎表現のひとつと評される。

うむ。三大○○には、色んなものがあるんですなぁ。


あと、視線の誘導が面白いな、と。
最初は、左方向に向かって走っていく検非違使や庶民たち。
こちらは風下で煙が充満している感じ。

次が、燃え上がる応天門。

そして次は風上から、それを見ている人たち。
燃える応天門を中心として、左右対称に高貴な人たちと庶民が配置されていて。

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ものすごい縮尺を無視した大雑把な配置図です。
しかも、絵巻と同じ方向に配置すればよかった。とほほ。


門が燃えているのに、風上にいる官人たちは身の安全が確保されているせいか
庶民たちよりは、のほほんと見ている感じ。

そして、その光景を遠くから見ている感じの”謎の男①”。
後ろ向きで、まったく顔が分からないため、誰だか不明という。

次の場面では、ちょっと寛ぎすぎじゃない??って感じの天皇と、
進言にきた藤原良房。御簾の外には、二人の会話を盗み聞きしてるかのような
これまた”謎の男②”。

現在、①は伴大納言ではないかという説が有力だそうですが。
②の人と、着物の模様が似ているんですよね。
でも、①の謎の男のシーンの次には、本来別のシーンがあったのではないか?
とのこと。
詳しくは、先ほどご紹介したエックス線分析の文章をお読みくださいませ。


なぜ、そこだけ欠落してしまったのかというのも不思議ですが。
一体、どんなシーンだったのか。
いつか謎の男の正体を特定する動かぬ証拠(?!)が出てくるのか。
なんだか、勝手にわくわくします。


今回は、絵葉書を一枚も購入しなかったのですが。
次回は購入してこようと思います。

13×24センチのクリアファイル
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そうだ、大事なことを書き忘れてました!!
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当日、窓口でチケットを購入したら優待割引券いただきました。
2017年3月26日まで、一般が500円割引になる割引券です。
これで、次回半額で見られる!!なんて、太っ腹。

ありがとうございます、ありがとうございます。
次回もあるのかしら。あるのかしら。と、取らぬ狸なのでありました。







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# by yui_usakame | 2016-05-04 22:44 | 美術展 | Comments(0)

初めて購入した図録

10年前の展覧会だって覚えていないのに
初めて購入した図録がなんだったのか、なんて
とても思い出せそうにないのですが。

でも、恐らくこれだろうと。
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当時、新宿にあった伊勢丹美術館にて開催されました
『ノーマン・ロックウェル』展。

会期は1992年2月20日~3月31日まで。
(約四半世紀前じゃないか...)


その後、大阪の大丸ミュージアム、名古屋の松坂屋美術館へと
巡回したようです。

チケットも取ってありました。
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そうそう、とある時期、デパートの上で絵を見た記憶がいくつかありまして。
初めてルネ・マグリットの絵を見たのも、どこかのデパートだったなぁ、と。

なぜデパートで展覧会が開かれていたのか?は、この本を読んで謎が解けました。

美術館の舞台裏: 魅せる展覧会を作るには (ちくま新書)

高橋 明也 / 筑摩書房



三菱一号館美術館の館長である高橋氏が書かれた本。
とても面白くて、一気に読みおえました。


美術館のルーツから、学芸員の仕事について、展覧会が開催されるまでなど
そうそう、こうゆうこと知りたかった!!という話が満載。

常々、美術館の輸送や設置についても知りたいなぁと思うことが多いので
運送会社の方が本を書いてくれないかしら?!

あんなに大きなものを、あんなに重いものを、どうやって展示してるのか?
運ぶ時の苦労とか知りたいんです。
昔、『プロフェッショナル』で日通の方が取り上げられているのを見ましたが
それも、もう一度みたいなぁ。


で、話が大きくそれましたが。
この図録には、制作中のロックウェル氏の姿や、自分でポーズをとっている
ロックウェル氏の写真も掲載されております。

ほろっとしたり、笑ってしまったり。
彼の作品は温かみのあるものが多くて大好きです。
いつかまたノーマン・ロックウェルの展覧会がないかなぁと
思う今日この頃なのでした。







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# by yui_usakame | 2016-05-02 23:15 | 美術展 | Comments(0)

『若冲と江戸絵画展 プライスコレクション』 2006年

長年、手元にチラシだけありまして
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でも、見に行ったような気もするなぁ。
でもでも、証拠が何もないんだよなぁ、とつらつら思っておりました。

本日、ついに事実が判明!
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やはり見に行ってました。

そうだよなぁ。
私が初めて≪鳥獣花木図屏風≫を見たのは恐らく、この展覧会だったと思うんです。

どこかに、〇〇という作品は□□年に△△展に展示された、なんてことが分かる
データーベースがあればなぁ。
と、あくまで他力本願。


今回の若冲展で、さも初めて見たような気がしてた≪葡萄図≫も
≪紫陽花双鶏図≫も≪旭日雄鶏図≫も≪竹梅双鶴図≫、≪伏見人形図≫
そして≪鷲頭≫まで。


頭くらくらしてきました。

この目で見たはずなのに。くっ。

今回の出品目録に≪虎図≫、≪雪芦鴛鴦図≫と書いてあって、
『若冲と江戸絵画展』の出品目録には≪猛虎図≫、≪雪中鴛鴦図≫と
書いてあるのが同じ作品だとするならば、
たぶん、同じだと思うのですが、

今回の若冲展に出品されているプライスコレクションの全部を、10年前に
見てるということに。なのに。あぁ。

見たことあるけれど、テレビとか雑誌でだろうな、って思ったのは。
自分の目で見てたのか。がっくり。


≪若冲と江戸絵画展≫で、私が一番記憶に残っているのは
亀岡規礼の≪虎図≫だったという。
この作品は、こちらのページで見られます。

もう閉館間際だったのか、一人でこの絵を見られる時間があって。
「あぁ、この子可愛いなぁ。くれるなら、この子がいいなぁ」なんて思ってた記憶はあるので。
そうそう、最後の最後でもう一度≪鳥獣花木図屏風≫見て。
面白いことする人だなぁ若冲さん、って。


いやはや、参りました。
出品目録見てたら、この展覧会面白そう!!って思ってしまった自分。
それなりに真剣に見ていたはずなのに。なのに~、なぜ~。
って10年前の自分を責めても仕方ない。

見に行っていただけでも、褒めてあげよう。
図録買ってたら、もっと褒めてあげられたんだけど。


ま、愚痴はさておき。
いくつかグッズも購入していたのでご紹介。
10年前のグッズを、今さらご紹介。

まずは≪紫陽花双鶏図≫のA4クリアファイル
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普通サイズの絵葉書
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お猿さんの絵は、どちらも森狙仙の作品。
なぜか2枚ずつ購入してありました。よほど気に入った様子。
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≪鳥獣花木図屏風≫(右隻)
左隻はなかったのかしら??

こちらは10×22.5センチの変形絵葉書
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折り目が付いておりまして、山折り谷折りしますと屏風になるという
仕掛けとなっております。
途中まで軽く曲げてみたけれど、もったいなくて止めた模様。

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長沢芦雪≪白象黒牛図屏風≫


それにしても、あの広い平成館を埋められるほどのプライスコレクション。
一体、何点ぐらいお持ちなのかしら??と思ったら展覧会のチラシに
書いてありました。

>展覧会では、プライスコレクションの約600点の絵画作品の中から
>プライス氏と東京国立博物館が共同で選んだ101点を展示いたします。
(ちなみに、出品目録には109点掲載されています)

>今回はとくに、ガラスケースを用いず、光の効果に工夫を凝らした展示室を
>1室設けました。光の変化によってさまざまに変わる絵の表情をお楽しみください。

そうかー、約600点。
すごい。凄い量だ。保管するだけでも大変そうだ。


で、え?
ガラスケースなしの展示......。

あの日に帰りたい。
帰れるなら、この展覧会を見ている、あの日に帰りたい。
そんなことを思う、ゴールデンウィークであります。






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# by yui_usakame | 2016-05-01 20:37 | 美術展 | Comments(0)

若冲展 特別記念講演⑥

さて、若冲展の特別記念講演で聞いた話をメモを頼りに書き起こしてみたシリーズ
いよいよ最終回です。
①は、こちらです



Yは司会の山下裕二さん
Tは辻惟雄さん
Kは小林忠さん
Jはジョー・プライスさん
Eはエツコ・プライスさんを表しております。
エツコさんがジョーさんの言葉を通訳して下さっています。


*********************************************************

■プライス邸のバスルームの写真

Y「象さんの耳のところからシャワーヘッドが」

あー、雑誌に出てたの見たことあるなぁ。
なんで買っておかなかったのか、十年前の自分!!と
激しく後悔しておりましたら。


後日、家族が「あったよ」と。
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おおおー。これだ、これだ!
ありがとう、ありがとう。

山下氏とジョーさんの対談。
辻先生へのインタビュー、ジョーさんへ≪鳥獣花木図屏風≫の購入を持ちかけた
京都の古美術商・柳さんへのインタビュー、≪動植綵絵≫全点のカラー図版などなど。

山口晃氏の絵による若冲の人生双六まで!!
今回の図録と一緒に大切に保管せねば。

そして、これがバスルームの写真。
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Y「意外と狭いんですよね。
 エツコさん、こうゆうことをやってくれる会社があったんですね?」

E「サンタモニカに60歳の女性がいまして、写真を見て是非作ってみたい、と。
 このタイルは1インチ四方です。(1インチは約2.54センチだそうで)」

Y「では実物よりも少し大きいですね」


■そして、ジョーさんの背中を流す(ふりをしている)中村氏の写真
 二人とも上半身裸でございます。

Y「そして、私も。
 雑誌撮影で、私がプライスさんの背中を流している、という。
 (先ほど載せた雑誌の写真とは、反対の方向から。
 つまり、ジョーさんと中村氏の側から撮った写真がスライドに映っておりました)
 奥にいるカメラマンのオノさん(恐らく、小野祐次さん)この撮影大変苦労されて。
 魚眼レンズで、なんとか撮影して」


Y「では最後に≪動植綵絵≫の話を少しして終わりたいと思うのですが。
 いま、30幅が一堂に並んで展示されています。30幅プラス釈迦三尊の3幅。
 こうゆう風な形で展示されるのは、今から十年ほど前に京都の承天閣美術館に
 ≪動植綵絵≫が里帰りした以来、初めてのことです。
 今後も当分ないでしょう。最低でも10年、もっと、ひょっとしたら私が生きている間にも
 ないんじゃないかってぐらい。
 先生方は、まぁ......」

最後の最後までアグレッシブな山下氏。

Y「そうゆう滅多にない機会なので。
 先生方三人それぞれに≪動植綵絵≫の中で、この1点というのを選んでいただきたいと
 思うんですが。 では、ジョーさんから」

E「これです」
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≪菊花流水図≫

E「『御物若冲動植綵絵精影(ぎょぶつじゃくちゅうどうしょくさいえせいえい)』という本で
 白黒でしか見ていなかった」


Y「それが、日本に来て特別な計らいで」

E「京都の国立博物館に」

Y「当時、京都国立博物館にいらした武田恒夫先生の計らいでジョーさんは
 実物を見ることができた、と」

E「はい」

Y「その時の話をジョーさんに伺いましょう」

E「本で見たとき白黒で見てたんですが、この一点が見たいとずーっと希望していた。
 ある時、京都国立博物館へ行った際に武田先生が
 「お好きじゃないかもしれないけれど一点ありますよ」と。
 展示室へ行ったとき、色が付いていたから大泣きした、という」

(今回の展覧会の図録には、「多分お望みのものだと思うが、しかしながら
 万が一違うものである可能性もある」と言われたという記述になっていました)

Y「プライスさん、涙を流されたという逸話があります」

E「白黒だと思っていたから、(実物を見て)驚いて興奮しちゃって大泣きしちゃって。
 皆、恥ずかしいので部屋から出たという」

ちなみに、ジョーさんが見た御物。
数ページ、こちらで見ることができるのですが。
なんと、その中にジョーさんが長年憧れてきたモノクロの≪菊花流水図≫の
ページが載っております。

確かにねぇ、モノクロだと思っていたものがこんなにも鮮やかな色だったら
驚いちゃうでしょうねぇ。


Y「では、辻先生は?」

T「私は見る日と、見る場所によって(好きな一点が)変わるんですけど...
 今日は...≪群鶏図≫」
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Y「この間の日曜美術館では、確か別の物を選ばれて...」

たまたま録画してあったので見たところ≪南天雄鶏図≫を選ばれてました。

Y「今日は、なんといってもコレ。この絵の魅力というのは?」

T「羽毛がバラエティに富んでいるでしょう。組み合わせ、掛け合わせ方が凄いね。
 鶏の数は足の本数から分かるんですが、どれが、どの鶏の羽なのか
 分かりませんでしょう」

Y「どの部分が、どの鶏なのか。これ実は見ても分かりにくかったりするんですよ。
 そして1羽だけ正面向きなんですよ。他のはあっち向いてホイみたいに
 いろんな方向を向いている。1羽だけ正面。
 若冲自身の姿の投影だと私は思っているんですが。
 他の絵でも、スズメがワーっと飛んでいる中に1羽だけ白いのがいたり
 (≪秋塘群雀図≫)
 そうゆう1つだけ他と違う、という表現が良く出てくるんですね。
 辻先生の【今日の】一枚は、これですね。
 今日の一枚、っていうとなんだか『美の巨人たち』みたい」

Y「では、小林先生の本日の一枚は?」

K「私も毎回違うと思いますけれど。
 どれをとっても素晴らしいですが、今日の一点は≪蓮池遊魚図≫」
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K「私は、多くの方がそう思われると思いますが、この30幅は釈迦三尊に捧げた
 抽象的な絵画だと思うんです。
 仏様に見ていただきたい、という描き方を若冲はしているんじゃないか、と。
 仏様の目でとらえると、水の中だろうが、水の上だろうが、みな見えてしまう。
 そうゆう世界を、この絵は描いているんじゃないかな、と思います」

Y「いうまでもなく、蓮の花というのは水面の上に咲くものです。
 ところが、ここには水の底みたいな地面が描かれていますし
 魚は、ま横向きだから、まるで水槽の中を泳いでいるのを横から見ているような。
 考えてみたら、非常に不思議な視覚が合成されているんですが、それなのに
 違和感なくこの絵を見ることができるんですね。
 そして先ほどの鶏じゃないんですが、一匹だけ種類の違う魚が描かれている。
 
 小林先生の仰られた仏様の目で見るっていう視覚。
 ますます≪動植綵絵≫および若冲の作品における仏教的な意味合いというのは
 これからさらに研究課題として残されているのではないかと思います。

 最後に、私の一点を。
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 ≪芦雁図≫という≪動植綵絵≫の中では地味な部類に入る絵なんですが
 なんと氷が張った池に、まっさかさまに墜落していく雁ですね。
 芦雁図というのは伝統的な画題で、よく描かれるんですが
 こんな風に墜落していく、しかも氷が張ってあるなんていう絵は他にないんですね。
 夢の光景みたいに私には見えるんです。
 若冲の絵にはシュールレアリスムにも通じるような、深層心理とか
 夢の投影みたいなものが、そうゆう要素があります。
 ≪動植綵絵≫の中でも、私は最も怖い絵のように見えるんですね。
 それが昔から心に引っ掛かるような感覚がある絵と思って見ています。
 
 いずれも≪動植綵絵≫は素晴らしい作品ばかりなんですが、
 今回は至近距離で、じっくり見られますから、会場で見ていただきたいと思います。

 最後に、この会場の観客および若冲のファンの皆さんへのメッセージを
 先生方から、ごく簡単に短い言葉でいただきたいと思います。
 では、小林先生からお願いいたします」

K「NHKの特別番組のディレクターさんが、テレビで見るより実物は素晴らしい、と。
 実物の凄さ、美しさを皆様の曇りのない目でみていただきたい」

Y「ありがとうございます。
 では辻先生、お願いいたします」

T「今回はLED照明で、非常にクリアで隅々の細かいところまで見えますので
 お見逃しなく」

Y「ではプライスさん、お願い致します」

E「いつも申し上げることなんですが、絵を遠くの方から見て、そして絵の方へ近づいて行って
 絵が何か皆さんに語りかけてくれると思いますので、語りかけてくれるまで 
 じっと待っていれば若冲と、他の作品もそうですけれど、会話ができると思います。
 自分の方から質問するんじゃなくて、絵が教えてくれるのを待っている。
 そうすれば絵のことがもっと分かってくると思います」

Y「こうして我々が今この場にいて、そしてこれまでも半世紀にわたって交友関係が
 続いているのも、ひとえに若冲の絵が持っている力がなせるわざなんじゃないかと
 思います。
 過去、若冲ほどこんなに短期間のうちに急速に知名度が上がって多くの人から
 熱狂的に支持されたという例は、今まで他にいなかったんじゃないか。
 まさに若冲が日本美術ブームをけん引していると思います。
 この展覧会は、その記念すべき最大の成果であると思います。
 
 どうぞ他の方々にも、この展覧会並んででも見た方がいいよと仰っていただければと
 思います。
 今日は長時間にわたって、ご清聴ありがとうございました」


という訳で、長々続きました講演会の記事もこれにて終わります。
お読みいただきまして、ありがとうございました。







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# by yui_usakame | 2016-04-30 21:47 | 美術展 | Comments(0)

若冲展 特別記念講演⑤

さて、若冲展の特別記念講演で聞いた話をメモを頼りに書き起こしております。
①は、こちらです



Yは司会の山下裕二さん
Tは辻惟雄さん
Jはジョー・プライスさん
Eはエツコ・プライスさんを表しております。
エツコさんがジョーさんの言葉を通訳して下さっています。



**********************************************************

■≪紫陽花双鶏図≫の紫陽花部分のアップ写真

Y「この紫陽花の花弁。この線は、輪郭線を引いているのではなくて絹の素地を
 残しているんですね。相当、集中力がなければ描けない細かい描写だと思います」


■≪雪芦鴛鴦図≫の写真
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Y「これもプライスさんが荻原さんから購入されたそうですが、これは≪紫陽花双鶏図≫と
 一緒に買われたわけではないんですね?」

E「次の年です。≪紫陽花双鶏図≫と≪雪芦鴛鴦図≫と二点同時に出たんですけれど
 若かったのでお金がなくて、≪紫陽花双鶏図≫だけ購入して。
 帰国してから銀行でお金を借り、≪雪芦鴛鴦図≫を買おうと翌年戻ってきたのですが
 その時、荻原さんは値段を吊り上げていたんですね」

Y「値段を倍にしていた」

E「それで、なぜこんなことをするんですか?と聞いたら、良いものが出るときは
 一度しかチャンスがないかも分からないから、ということを教えるために、と。
 それでも倍の値段で購入しました」

E「この絵はジョーがとても気に入っていて、雌の頭の部分が水に入っていて...」
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本当だ、水中での描写なんですね。

E「素晴らしい表現の仕方で」

E「若冲の絵を見るときは絶対にディテールを見ていただかないと、
 若冲の本質は分からないと思うんです」

Y「鴛鴦は≪動植綵絵≫の中でも≪雪中鴛鴦図≫というのがあります。
 鴛鴦夫婦というぐらいですから、普通は夫婦和合の象徴として描くんですが
 若冲が描く鴛鴦は、全然仲が良さそうじゃないんですね。
 全然違う方を向いているし。
 ここにも何か若冲の意識が投影されているんじゃないかと思うんですけれど」


■≪虎図≫の写真
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Y「これが≪虎図≫です。
 若冲自身が賛の中で、これは中国の絵を模写したと書いていますが
 この絵の元になる絵が、京都の正伝寺にあります。
 現在の研究では、この絵は中国ではなく朝鮮の絵画だろうと言われていますが
 若冲は中国絵画だと思って模写しています」


■≪虎図≫アップ写真

Y「若冲の絵はオリジナルを凌いでいていますね。これだけ拡大すると、どれだけ
 若冲の筆遣いが細かいか分かると思うんですが。
 辻先生は、この絵がプライスさんのところへ入る前はご存知でしたか?」

T「知らなかったです」

Y「では、プライス・コレクションに入ってから、辻先生も初めてご覧になった、と。
 この作品は若冲における模写という行為を考えたときのカギを握る非常に重要な
 作品ですね」

T「だいたい、模写というのは原本の方が素晴らしく、模写した方が劣るのに
 (若冲の場合は)逆になってるっていうのが」

Y「普通では考えられない。つまり若冲の模写というのは一旦全部パーツをバラバラにして
 ピカピカに磨き上げて組み立て直すみたいな。
 オリジナルを見る目も、見かたも、常人とは違うみたいなことだと思うんです」


■≪虎図≫賛部分のアップ写真

Y「ここに、毛益(もうえき)という中国の画家の名前。倣毛益の”倣”という字があるのが
 分かると思います」


■≪鳥獣花木図屏風≫の写真
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Y「これを購入されたのは、ずいぶんあと。1980年代」

E「1985年です」

Y「1985年になってから、と。これは今、プライス・コレクションの中でも最も有名な
 作品になりましたけれど」


■≪鳥獣花木図屏風≫のアップ写真

Y「約1センチ四方の升目の中を四分割、中には九分割してるところもあったりします。
 これ可愛いですよね。(右双の一番左にいる茶色いペタっとした動物)
 ピカチューみたいな、ジャクチューみたいな」

くっ。笑ってしまった。


■≪鳥獣花木図屏風≫を囲んでいる模様のアップ写真

Y「周りはこうゆう不思議な柄になっていますけれども。
 これは最近判明したんですが、ペルシャ絨毯で同じものがある、と。
 その現物が埼玉の遠山記念館というところに所蔵されていて、祇園祭の鉾の飾りに
 使われていた、と。ですから間違いなく若冲はペルシャ絨毯そのものを見ていると
 思います」


■≪鳥獣花木図屏風≫升目のアップ写真

E「升目は偏っていたり、とにかく自然体で。計算高く描かれたものではない、と」

と、ここで、赤いトサカみたいな不思議な部分を見て辻先生が「なんですか、それ?!」。
いいなぁ、若冲研究の第一人者として、もう幾度となく見てるであろうに。
まだ疑問がでる絵なんですねぇ。

Y「なんかの実なんじゃないかと思うんですけどね。
 で、この屏風は長らく東京国立博物館に預けてあったそうです」


■≪鳥獣花木図屏風≫の屛風の一番外側の黒い部分に、細長い紙が。
 そこには縦書きで何か書いてある写真

Y「プライスさんのところで僕が撮ってきた写真なんですが
 ここに若冲筆鳥獣図屏風 武内家と。武内さんというお宅の持ち物で、東博の蔵の中に
 預けてあった。けれど全然展示したことがなかった。
 当時、東京国立博物館にいらっしゃった小林忠先生が当時の上司に、これを展示したいと
 言ったけれど却下された、という話があります。
 今でも残っている、この癖のある細い文字というのは間違いなく小林忠先生の筆跡です。
 そして今日、小林先生も会場にいらっしゃっているので、せっかくですから登壇を」

おおー。

Y「小林先生、今ごろアメリカへいってらっしゃるご予定だったのが、ご多忙のため
 アメリカ行きを断念されて今日こちらの会場に来ていただいております。
 これは、間違いなく先生の筆跡ですね?」

小林氏(以下、Kとさせていただきます)
「恥ずかしながら...」

Y「何年前でしょう?」

K「今から50年ほど前ですね」

つまり、もう50年も小林先生の文字と屏風は一緒な訳ですね!
あー、展示の時、端っこ見たら先生の文字が見えたんですかねぇ??
あまりにも混雑していたので、今回はよく見てこなかったんです。
後期展示で、これも確かめてこなければ。

追記 : 5/21に確かめてきました!ありました!確かにありました!
右雙の右端に貼ってありました!!


Y「小林先生は東博の館員時代に、プライス・コレクションを借用した若冲展観というのを
 開催されていますね。確か1971年だったと思います。
 その時には、この屏風はもうご覧になっていたんですか?」

K「いえ、まだです。この屏風は、国立博物館の日本絵画を収めている蔵の一番奥の方に
 箱に入っていたんですね。屏風というのは開けるのが大変なので、一人ではなかなか
 開けにくい。
 ただ若冲展、実は辻さんとプライスさんにそそのかされて(!!)やったような展覧会でして。
 ≪動植綵絵≫は東京国立博物館ならば借りられるだろう、と。
 プライスさんが、小林がやるんだったら自分の費用で自分のコレクションを運んであげる、
 保険も自分が掛けてあげる、ということで。
 多分、100万円ぐらいしか費用がなかったんじゃないかと」

Y「しかも、プライスさん図録を何百冊も買い上げてくださって」

K「千部しか作れなかったのを300部も買ってくれて。大変好評で、なくなってしまったので
 少し(プライスさんから)いただきました」

Y「完全におんぶに抱っこという」

この容赦ないツッコミと、隠し立てしないトーク内容。
うーん、いま思い出しても面白い。

K「若冲の勉強をし始めて、蔵の中に伝・若冲だったか、若冲だったかラベルが貼ってある
 箱があることに気が付いて。その頃は、まだまだ緩やかな管理状態だったから一人でも
 蔵へ入れたんですね。
 その後は、どこの美術館でも2人以上で入るようになったと思うんですけれど。
 それで一人で開けてみたら、非常に珍しい屛風だったので。
 私も辻先生の後ろにくっついて、色々へんてこりんな絵(!!!)を見てたものですから
 これは面白いな、と思って当時の上司に展示させてください、と。
 こっんなくだらない絵、国立博物館に並べられると思っているのか!と叱られました」

Y「その上司というのは、誰でした?」

K「...平安仏画の研究者でした。ふふ。平安仏画とは、遥かに趣が違いますからね」

Y「今ではプライス・コレクションで有名になったものが、半世紀前には展示することすら
 拒否された。
 小林先生は、その直後に『ミュージアム』という東博の研究紙に論文を
 発表されましたね?」
 
K「展示出来ないので、一部のみカラー図版にして論文化したんです」

Y「その論文を、後輩の私たちは読んで≪鳥獣花木図屏風≫の面白さを知ることに
 なりました」

ほー、辻さんが雑誌で若冲の絵の面白さを知ったのと同じ感じですねぇ。


Y「京都の古美術商の方が小林先生の論文を読んで、この持ち主から屏風を
 買い取られた。それをプライスさんが購入された。」

そうかー、論文から所在がバレたんですねぇ。
それにしても、古美術商の方も勉強してないと掘り出し物を見つけられないし
大変そうだなぁ。

Y「プライスさん、この屏風は初めて京都でご覧になったのですか?」

E「はい、確か1984年に。1985年に購入しました」

Y「辻先生は、これはいつご覧になった?」

T「大変遅いですね。プライスさんのところで見たんですが」

Y「じゃあ、日本では見ていない」

T「はい」


Y「プライス・コレクションの里帰り展というのは1985年(※)に東京の当時赤坂にあった
 サントリー美術館で『異色の江戸絵画』というのが開催されています」

※ サントリー美術館のホームページで過去の展覧会一覧を見てみたところ
『異色の江戸絵画 -アメリカ・プライスコレクション-』は1984年8月13日-9月23日と
記載がありました。

Y「その時は展示されていませんが、以後、プライス・コレクションと言えばこの作品が
 有名になっていって。
 近年では2003年の森美術館のオープン記念展『ハピネス』という展覧会のときに
 私がお手伝いしたんですが、その時にもこの作品を借用しました。
 
 以後、全国を巡回したプライス・コレクション展。
 ごく近年の東北3県を巡回したプライス・コレクション展でも展示された。
 その時に、東北の美術館に長沢芦雪の作品の複製を寄贈されました。

 長沢芦雪筆 「白象黒牛図屏風」の高精細複製品を仙台市博物館に寄贈

Y「色々な説がありますが、今までは升目の数が8万6千と言われていましたが
 数え直してみたら8万4千ぐらいじゃないか、と最近言われています。
 8万4千というのは仏教の用語で煩悩の数を表す数字とも。
 ですので、この絵の仏教的意味というのは今後ますます問われなきゃいけない」

枡目だけに、ますます。
いえ、何でもないです。

それにしても、煩悩って108という数字だけではないんですね。

そんな訳で、長くなりましたので⑤を終了させていただきます。
次回こそ最終回です。どんなに長くなっても最終回!の予定です。

 
 




.
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# by yui_usakame | 2016-04-30 16:17 | 美術展 | Comments(0)

若冲展 特別記念講演④

前回書いた若冲展グッズで1件書き忘れがありましたので
まずは、そちらをちょこっと。

東京都美術館の常設ミュージアムショップの右端にありました
若冲缶バッヂのガチャガチャ。
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直径は3センチほど、10種類ほどあるようです。
3回挑戦し、3種類別の物が出てきました。
最近、同じものを引かなくなりましてねぇ。ふっふっふ。
といっても、ここ半年以内の話ですが。


さて、若冲展の特別記念講演で聞いた話をメモを頼りに書き起こしております第四弾。
①は、こちらです



Yは司会の山下裕二さん
Tは辻惟雄さん
Jはジョー・プライスさん
Eはエツコ・プライスさんを表しております。
といっても、エツコさんがジョーさんの言葉を通訳して下さったので
Eの表記ばかりになっておりますが......


**********************************************************

Y「ジョーさんにライトが教えたことで一番大きなことは自然の大切さ。
 ライト自身の建築も自然の摂理にしたがって建てているんだ、と。
 プライス・タワーというのも、まるで大地から生えた一本の植物のように屹立している。
 Godというのは、常にGを大文字で書くけれども、 
 自分はNature(自然)のNも大文字で書くべきだと思う。
 自然=神である、ということをライトはずいぶんとジョーさんに言っている。
 その考えは日本の死生観、宗教観、日本固有のものに近い感覚があるんじゃないかと」

E「Mr.ライトが常にジョーに言っていたのは、ここに建物を建てて自然を破壊するような
 建物を建ててはいけない。ここに建物があるから、自然がよりよくなるような建物に
 しなくてはならないと、常に彼(ジョーさん)に教えていたと」

Y「1953年、辻先生は20か21歳?」

T「若冲のじゃの字も知らなかった」

Y「その頃は東大の学生だった?」

T「はい」

Y「先生は、もともとは理科系ですよね?」

T「できればお医者さんになりたいと思っていたけれど...」

Y「東大の医学部に進みたいと思っていたのが無理で
 (どこまでも辻先生に挑む山下氏)
 なぜか美術史に進学された、と。絵がお好きだったんですね?描いてらした?」

E「上手ですよ、先生」

ほほー、一体どんな絵を描かれるのか。

Y「美術史学科に進学された時点の先生は、若冲という名前すらご存知なかった?」

T「たぶんそうだったと思いますねぇ。東急百貨店で、干支の酉年にちなんだ鳥の絵の
 展覧会があって、そこに大阪の西福寺(さいふくじ)の鶏がでていたんだけれども
 気になっていたものの見逃してしまったんです」

ちなみに、あとで分かったのですが1957年に開催された『鶏画名作展』に
≪仙人掌群鶏図≫が展示されていたそうです。
 
T「そしたら杉全直(すぎまたただし)という人、いわゆる前衛画家という人が
 その絵を見た感想を雑誌に書いていて。その感想を読んで、江戸時代にそんな絵が
 あるのか、と。だからプライスさんと違って、文字から入ったんだよね。ふふふ」

Y「先生は、最初は実物と出会った訳ではないんですね。
  (プライスさんと辻先生は、若冲との)出会い方は随分違うんですね。
 本格的に若冲を研究しようと先生が思ったのは、いつ頃ですか?」

T「だいぶ遅いですよ。『奇想の系譜』という本を書いた時でも、まだ≪動植綵絵≫を
 見ないで書いてるんだから、酷い話ですよ。ふふふ」

Y「それ、ちょっと衝撃の事実ですね!!
 1968年に美術手帖で連載を初めて、1970年に単行本にまとめられましたが
 その時点で実は先生はまだ実物をご覧になっていなかった」

T「『御物若冲動植綵絵精影(ぎょぶつじゃくちゅうどうしょくさいえせいえい)』に
 出ているのは見ていましたが」

山下氏、とても大きな本を客席に見せながら

Y「ここに1冊図録を持ってきましたが、これは、『御物若冲動植綵絵精影』という本です。
 大正十五年に発行されたもの。
 この中を開きますと、6点はカラーで図版が載っています。
 辻先生が若冲を知った頃は、この本がほぼ唯一の≪動植綵絵≫の手掛かりだった、と。

こちらのページで、その長いタイトルの本を少しだけ見ることができます。
こちらの記事の本文を読みますと、この本の現物をジョーさんと辻先生が一緒に
ご覧になったとか!お二人が揃って見られたのは1970年と。
この本の大きさは48×33cmとも書いてあります。

Y「そして不思議な縁ですが、ジョーさんもこの本を入手されているんですよね?」

E「大学を卒業した後にMr.ゴフからのギフトだって言ってましたけど、
 今(ジョーさんが)言うには借りたけど、返さなかったみたい......」

場内、何度目かの大爆笑。

E「Mr.ゴフも、それが若冲の絵であることは知らなかったみたい」

Y「これに英文がある訳でもないので、まだ若冲だとは認識していなかった、と」

E「はい。Mr.ゴフは、その本を古本屋さんで買ったようです」

Y「この本を手に入れても、まだ若冲の名前を知らない。
 でも、その後で確かカンザス大学の先生が若冲という画家の名前を教えて
 くれたんですよね」

E「台湾出身の大学教授がいらして。その後にジョーがニューヨークへ行って
 (≪葡萄図≫を購入した)同じ店で若冲の絵はないですか?と聞いたら、
 あなた既に持ってますよ、と」

今回の若冲展に、この≪葡萄図≫がでておりまして。
「そうかぁ、この作品がジョーさんと若冲の初めての出会いなのねぇ」と、しみじみしつつ
見ておりました。
この絵に出会ったことで、彼は大学卒業祝いにもらっていたメルセデスベンツ代を
絵につぎ込むことになり。そして、ゆくゆくはプライス・コレクションへ繋がっていくなんて
誰が予想できただろうか、みたいなナレーションを勝手に脳内に流しつつ。


Y「この『御物若冲動植綵絵精影』は秋山光夫さんという研究者が大正十五年に
 出版したものですが、上野の東京国立博物館を入って左側にある表慶館で
 ≪動植綵絵≫で並べたことがあって(その時の図録であるらしいです)。
 それが≪動植綵絵≫を並べた唯一の機会ですよね、辻先生?」

T「その前は、ちょこちょこっと出したこともあるようですが。
 皇室のコレクションになってからは、お蔵に」

Y「明治22年(1889年)に相国寺から皇室に献上されて、相国寺は(当時)一万円の
 下賜金をもらって お寺の経営を立て直した、と。
 以後、明治天皇が随分≪動植綵絵≫をお好きだったようで、明治宮殿に≪動植綵絵≫を
 飾っている写真が一枚だけ残っていますね」


■雑誌の取材でプライス邸へ山下氏が訪れたときの写真
 ジョーさんと山下さんが≪葡萄図≫を見ています。

「これは私が取材で伺った時に、一緒に撮った写真です。
 確か2006年ぐらいにBRUTUS(ブルータス)という雑誌で若冲の特集を
 組んだんですが、その時にプライスさんの家へ伺いました」


■≪紫陽花双鶏図≫の写真

Y「これがプライス・コレクションの中でも私は最高のクオリティの若冲だと思いますが
 ≪紫陽花双鶏図≫。
 これはお気づきの方が多いと思いますが≪動植綵絵≫の中に非常に良く似た絵が
 ありますね」
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Y「プライスさんがお持ちの≪紫陽花双鶏図≫は、≪動植綵絵≫を描いている途中に
 派生したバリエーションみたいなものと思っていいですか?」

T「落款を見ると、≪動植綵絵≫を描き始める前だと思います」

Y「そうすると、≪動植綵絵≫を描き始める前に、こういったかなり本格的なものを
 描いて≪動植綵絵≫を描き進めるための資金を作りたいという気持ちもあったんで
 しょうか?」

T「10年間、あまり他の絵が描けない訳ですから絹の代金とか貯めておかないと」

Y「≪動植綵絵≫よりも大きい≪旭日鳳凰図≫という鳳凰を描いた大幅(たいふく)が
 展示されていますが、あれも≪動植綵絵≫直前ですよね、先生?」

T「あれは、凄い絵ですよね。あの一幅でもって≪動植綵絵≫すべての作品に
 引けを取らないという」

Y「すごい力の入り方ですね」


■≪紫陽花双鶏図≫の落款部分のアップ写真

Y「この落款が≪動植綵絵≫を描く直前ぐらいのもの。
 比較的、まだ自信なさげな感じなんですね。
 もっと初期の落款って、もっと下手な字ですよね。
 いくつか、この展覧会にも出ていますけど」


■≪紫陽花双鶏図≫鶏の部分のアップ写真

Y「ジョーさん、この絵は東京の荻原さんという方から購入されたと聞いています。
 これが日本に来て初めて買った作品ですか?」

E「最初は≪虎図≫」

Y「では≪紫陽花双鶏図≫が二つ目。
 この時はエツコさんと結婚したあと。直後ぐらいですか?」

E「はい」

Y「この絵(≪紫陽花双鶏図≫)は辻先生とも縁があって、ジョーさんが購入して
 持って帰られる前に、辻先生は持ち主から借り出したことがあるそうですね?」

T「東京文化財研究所にいると、色んな情報が入ってくるんですね。
 ジョー・プライスという青年が、日本に乗り込んできて、若冲、若冲、若冲はないか?と。
 これは大変だ、と。日本から良いものが出て行ってしまう、と。
 荻原さんのところから借りて大学の研究室へ持って行き、これが見納めかもしれない
 なんて言って」

Y「辻先生が東大の研究室に、この絵を持ち込んで。
 その時に見せられた後輩が、今回の若冲展監修された小林忠先生な訳ですね。
 見納めだ、なんて全然そんなことなかったですね。
 むしろプライス・コレクションに入ったことで、以後多くの研究者が見せていただく機会を
 得た、と」


ちょっと、この話を聞いて勝手にヒヤっとしました。

一体全体、辻先生とジョーさんの初対面は、どんな感じだったのだろうか?と。
辻先生からすると、正直良い感情はなかったんじゃないか、なんて勝手に妄想。
いや、すみません、私の勝手な妄想です。辻先生は、何も仰ってないです。

ただ、個人のコレクターが入手したら、その後はお蔵入りになる可能性大な訳で。
ましてや外国へ渡ったら、もうねぇ。うむ。
まさか、こんなにもお里へ返してくれるとはねぇ。

と、またしても長くなりました。
本当は、≪紫陽花双鶏図≫の話が一段落するところまで進みたかったのですが。
あと2回ぐらいで終わるのではないかと思います。たぶん。







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# by yui_usakame | 2016-04-29 22:20 | 美術展 | Comments(0)

『若冲展』 東京都美術館で購入したグッズ

本日、東京都美術館で若冲展を見てまいりました。

美術館へ到着したのは8時50分頃。
そこには想像を遥かに超える長蛇の列。

あれ。
今日、平日の水曜日だよね??と、携帯を見て確認したほど。

400人ぐらいは並ばれていたのではないでしょうか。
一番前の方は6:30から並ばれていたそうです!!
いやぁ、甘かった。

昨日も、かなりの盛況ぶりだったようですが。
今日は、昨日よりも並ぶ人が増えていると職員の方が仰ってました。


映画にネタバレがあるように。
展覧会についても、会場に行ってから展示の順番を知りたい!
と思われる方もいらっしゃるかもしれないので。

その感想は、のちほど書くことにしまして。

まずは、購入した若冲展グッズについて。
といっても今回は、ほとんど絵葉書ばかりですが......


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ものすごーく折り目がついてますが、グッズを入れてくれる袋です。
ただし、この袋にはマチがないため、図録と併せてグッズを購入した場合は
この袋ではなく、何の変哲もないビニール袋となりました。

≪菊花流水図≫ A5版クリアファイル 
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クリアファイルで、結構皆さんが手にされていたのは≪動植綵絵≫の絵が全て入った
A4のクリアファイル。
私、まったく見つけられなかったんですけど。おかしいなぁ。
後期展示を見に行ったときに探してみます。
※追記※ 5/21に購入できました!購入したグッズ その②に載せました。


≪鳥獣花木図屏風 六曲一双≫ メモ帳
大きさは、通常の絵葉書よりも少し小さめです。
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絵葉書いろいろ
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右下≪椿に白頭図≫ (背景が黒い図)の作品だけは、今回の展覧会グッズではなく
平木浮世絵財団が印刷した絵葉書きです。

そして、噂通りでした。
ありました、ありました、≪動植綵絵≫全種類の絵葉書。
1セット6枚ずつ入っておりまして、それが5セット。
≪釈迦三尊像≫セットには(当たり前ですが)3枚。
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絵葉書を止めている帯の色が違うので、同じセットを買ってしまった!なんてことは
まずないと思われます。たぶん。
まぁ、それぞれ1枚目の絵が違うから重複してたらすぐに気づくはず。うん。

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ふふふ。
これで、いつでも展覧会の様子を再現できる訳ですね。
じっくりと1枚ずつ近くで見られたけれど、全体を見渡すには人が多すぎて
並び順を楽しむとか、左側と右側の絵の並びを比較するということが難しかったので
絵葉書で再現して楽しみます。うう。

ちなみに、グッズ購入までは30分並びました。


そして、これは東京都美術館の常設ミュージアムショップで購入した
≪白象群獣図≫のA4クリアファイル。
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※ こちらの作品の展示は、今回の展覧会にはございません。
  (はい、でも買ってしまいました。サントリー美術館で見たときは、クリアファイルには
   なっていなかった、ような??)



さて。

ここから下は、展覧会の状況や感想やら。
そして、気になった点を。いや、すみません、気になりすぎた点を。
あの、進むほどに愉快な内容ではないのでお気を付けください。

でも、書かずにはいられない......



*************************************************************

これまで遠足でも、運動会でも、楽しすぎて前夜眠れなかった!なんて
記憶が一度もない私ですが。

今回の若冲展は愉しみすぎて、昨日はよく眠れませんでした。
眠れないなら、作品を見る順番を考えてみよう、なんて思いまして
(いつもなら展示作品リストを先に見ることすらしないのですが、
今回は混雑するだろうし、あらかじめチェック)

開門前から並ぶつもりなので、最初のフロア(ロビー階)を飛ばし、1階に展示されている
≪動植綵絵≫から先に見てもいいかもしれない、なんて考えていたほどです。

ところが、まさかの人出。混むのは予想していましたが、甘かった。大甘でした。
1階からロビー階へ戻っても大変なことになりそうだし、順番に見て行こうと心に決めました。

が。

なんだか、心が落ち着かず。
この上のフロアに≪動植綵絵≫があるかと思うと。
さらに、その上にはプライスコレクションや≪象と鯨図屏風≫が待っているかと思うと。

ロビー階で一番混んでいたのは、83年ぶりの発見されたという岡田美術館所蔵の
≪孔雀鳳凰図≫。
他の作品は、さほど列になることもなく見ることができました。
入口近くにある≪糸瓜群虫図≫の前には、誰もいなかったんです!!
皆さん、やはり気が急いているせいでしょうか。


1階の≪釈迦三尊像≫&≪動植綵絵≫展示。ここはもう。うん。
9年ぶりの顔合わせ、しかも次回は何時見られるか分からないと思ったら
大混雑にもなりますよね。満員電車のような感じで、でも絶対一番前で見たいと
思ったので、粘り強く待ちました。

ここだけで1時間以上かかった気がします。
それにしても大きかったなぁ。1枚描くだけでも相当な体力と精神力だと思うのですが。
すべての作品を10年ぐらいかけて仕上げているとはいえ、他の作品の制作もあった訳で。
うむー。超人すぎる。

さて。問題は、というか個人的に一番残念だったのは1階2階の展示です。
展示されている作品は、どれも素晴らしかったです。
正しく書きますと、1階2階の展示方法が残念すぎました。


まず壁の色。
画遊人、若冲(2)コーナーの壁の色。

薄いピンク。


私としては嫌いじゃない色。
色は嫌いじゃない。

けれど、美術館の展示にあの色は...
どうしても目に入ってしまうのです。
近くに寄って作品を見ているときはいいのですが。
離れたところから屏風図を見ようとすると、どーーーしても視界に入るピンク。
っていうか、作品の後ろもピンクになってるから、どうしたって視界に入るピンク。



お分かりいただけましたでしょうか?

せっかく、MIHO MUSEUMから≪象と鯨図屏風≫が来てくれたのに。
なのに、海の風景とマッチしないピンク。
どうしてくれよう。


しかも、≪象と鯨図屏風≫と向かい合って展示されている≪仙人掌群鶏図襖絵≫。
ここの距離が短すぎて、とてもじゃないけれど≪象と鯨図屏風≫の良さが分からない。
あんなにサントリー美術館で見て、感動して、展示を一通り見てから何度も何度も戻って
見に行った、あの作品と同じ作品とは思えない。

書いていて、だんだん哀しくなってきました。
わたしゃねぇ、今まで展示方法について文句書いたことないんです。
あー、もうちょっと工夫できなかったのかなぁと思ったことはあっても
ここまで思ったことは一回もなかった。

だって≪象と鯨図屏風≫の前に、常に人が2・3人しかいないんです。
信じられますか?普通だったら、なんてラッキー!!ってなると思うんです。
でも、あの場所ではそうなっても仕方ないと個人的には思いました。

可哀そうだ。可哀そうすぎるよ。ううう


≪仙人掌群鶏図襖絵≫の裏に≪蓮池図≫を展示したかったお気持ちは
お察しします。もとは、同じ襖の裏と表に描かれていたそうですし。
だから、展示方法としては私も良かったな、と思うんです。

まぁ、それだけのせいじゃないとは思いますが展示スペースが1階2階は全体的に
狭くなりすぎてしまって。
実にもったいなかった。あれだけ良い作品を並べているのに、あれじゃ勿体ない。
勿体なさすぎるよ。


あと、係りの人の誘導が......
「列に並ばなくても、2列目からみたらいい」的な案内なんです。
2列目から見られるなら、みんな見てますって。
それでも見えないから、みんな自然発生した列を作って一番前で見たいと思ってるのに
「私たちは、列を作って見てくださいとはいってません」的な。
混んでしまうから、人が滞留しないようにしたいのは分かりますが。

だって、せっかく来たんですもの。
ゆっくりは見られなくても、せめて間近で見たいと思うのが人情ではございませぬか?


≪鳥獣花木図屏風≫を見たい人たちの列で≪虎図≫が見えなくなってしまったり

≪菜蟲譜≫を見たくてもオカシナ誘導のせいで、どんどん割り込みが入り
増々見るのに時間がかかったり。

これから迎えるゴールデンウィークは、一体どのように人を誘導するんでしょう。


声を大にして、否、文字の大きさを大にして書きます。

作品がいいのに、作品がいいからこそ、
あの展示は勿体ない!!!!!

でもなぁ、そんなこと書いている人、今のところ見かけないしなぁ。

私だけなのかもしれません。
ぐす。

先ほどの動画のように、あれだけ空いていたらスペースは気にならないかも
しれませんが。
そんな訳で、作品には大満足したものの、展示にストレスを感じてしまったという
切なさを訴えさせていただきました。

一応、係りの方には誘導の件について進言したのですが全く聞く耳を持っていただけず。
他にも同じことを言う人々がいたので、少しは改善されることを祈ります。
壁の色は塗り替え無理でしょうけど。ううう。

誰だ―、あそこをあの色に指定したのはーーーーーー!!!

ご清聴ありがとうございました。






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# by yui_usakame | 2016-04-27 22:26 | 美術展 | Comments(0)

若冲展 特別記念講演③

若冲展の特別記念講演で聞いた話を、メモを頼りに書き起こしております。
①は、こちらです
②は、こちらです


Yは司会の山下裕二さん
Tは辻惟雄さん
Jはジョー・プライスさん
Eはエツコ・プライスさんを表しております。


**********************************************************


■オクラホマのプライス邸内の展示室

Y「(プライス邸内に)日本美術を展示するためのスペースを作られた。
 辻先生は、ここに行かれてるわけですね?」

T「(部屋の形が)六角形か、八角形か」

E「六角形です」

T「六角形ですね
 (ここで辻先生が色々と部屋の説明をされたのですが、私の手が追いつかず残念)
 非常に素晴らしい建物だったんですが、問題は この部屋の真ん中に
池があること。これは驚いた。これは乾燥を防ぐためとか」

Y「先生は落ちてない?」

E「一人だけです、落ちた方は」

Y「その方、私よく知ってます」

E「皆、自然光で見られるようになってまして」

Y「このこだわりは凄くて。ナチュラルライト。
 日本の絵は自然光で見るべきである、と。人工照明でなく見られるようになっている」


Y「残念ながら、この建物は放火によって燃えてしまったんですね。
 何年でしたか?」

するとエツコさんが客席の一番前に座っている男性に向かって
「先生、何年でしたか?私、すぐ先生に連絡して。何年か覚えてないんですけど」

あとで調べたところ、放火は1996年のことだそうで。
そしてエツコさんが「先生」と語りかけたのは小林忠氏ということが
のちのち判明しました。
Wikipediaによると、エツコさんは小林氏のもとで美術史を学んだそうで。

E「もうカリフォルニアへいった頃ですから、15年ぐらい前?」

山下氏自身はオクラホマの家へはお邪魔したことはなく、
カリフォルニアへ行ってから知り合った、とのこと。


■若冲『紫陽花双鶏図』などが室内に飾られている写真

Y「今展示されている『紫陽花双鶏図』が見えます。
 プライスコレクションの中でも最も素晴らしい若冲の絵。
 手前にあるのは葛蛇玉(かつ じゃぎょく)という、ほとんど一般に知られていない
 名前ですがプライスさんが見いだされた江戸時代の画家と言っていいと思います」


■和風の部屋で食事をしている写真
 机の上にキリンビールのラベルが見えました。

Y「これは、かなり進んでますね」

(食事の話かと思いきや、辻先生の髪の毛の話でした)

Y「これはいつの頃か記憶ありますか?推定年齢は?」

T「ヒゲが生えているので、1つの年代を確定するあれなんですが...
 ちょっと覚えていない」


■ご夫妻、辻先生、山根有三先生の写真

Y「山根先生は、辻先生のさらに先生にあたられる方。
 プライスさんは日本にしょっちゅういらしていて、そのたびに辻先生および
 日本の研究者たちと交流を重ねてこられた」


■MIHO MUSEUM前のご夫妻と男性の写真

Y「辻先生は、この3月までMIHO MUSEUMの館長でいらした。

 今回の若冲展にもMIHO MUSEUM所蔵の≪象と鯨図屏風≫などが出ていますが
 その美術館を夫妻が訪ねられた。
 こちら(の男性)は、この展覧会を監修されている小林忠先生です」


■現在のプライス邸の写真
 この写真は山下氏が撮影したそうで。

Y「これが現在のプライスさんのお宅。コロナ・デル・マーというロサンゼルス郊外の
 車で一時間弱ぐらいのところ」

こちらのページで、プライス邸の写真が何枚か見られました。


■プライス邸の敷地内の写真

Y「玄関入って、向こう側は太平洋に面していて。プライベートビーチになっています。
 外壁は木を一枚一枚貼り重ねて曲面を作っています。
 設計はどなたが?」

E「Mr.ゴフの一番弟子でMr.Bart Princeという方。
 Mr.ゴフもMr.プリンスも、どちらかというとガウディ系ですね。
 ガウディを大変尊敬していた」


■プライス邸のバスルームの写真

これだー!かなり前に雑誌で見たことあるーーー!
こちらで1枚写真が見られます。

Y「そしてプライス邸のバスルームは、モザイクで若冲の屛風を再現して
 います」

(≪鳥獣花木図屏風≫という作品を再現しているそうです)

雑誌で初めて写真を見たとき、なんだか面白そうなご夫妻だなぁって思った記憶が。
まさか数年後に、ご本人たちから直接お話が聞けるとは思いませんでした。


■ジョーさんが掛け軸を広げている写真

Y「ジョーさんが広げている≪葡萄図≫は展覧会にも展示されています」


■≪葡萄図≫の落款がアップになった写真

Y「この作品には景和(けいわ)という落款があります。
 この展覧会には何点か景和落款という作品がでていますが、これは若冲の
 ごく初期の作品。
 辻先生、景和落款の作品は30代と考えていいですか?」

T「そうですね40歳前まですね。
 何年ぐらいまでかは分からないけれど、数年間でしょうね」

Y「30代半ばから後半にかけて、この落款を使っていた時期がある、と。
 あまり作品自体は多くないですね?」

T「そんなに4つも5つもないないですかねぇ...」

Y「数点ですよね」


■≪葡萄図≫の写真

Y「この≪葡萄図≫がプライスさんが初めて購入された作品です。
 有名な話ですが、フランク・ロイド・ライトと一緒にニューヨークの街を歩いていた、と。
 ライトがセオ商店という古美術店へ入っていった。
 プライスさんは何もわからず、ただついて行って。
 その時、ライトは浮世絵ばかり見ていたんですよね?
 ≪葡萄図≫は、壁にかけてあったのですか?」

E「ニューヨークにMr.ライトと行ったときは、(ライトが)グッゲンハイム美術館を
 建てていて。
 古美術商のお店に一緒に入ってMr.ライトの後ろで非常に退屈していたんですが
 後ろの壁に、この絵が飾ってあって。
 すごく気になっていたんだけれど、Mr.ライトの御付きできているものですから
 自由にはできなくて。
 Mr.ライトをプラザホテルまでお送りして、また同じ店に戻った、と。
 
 Mr.ライトから教わっている自然の本質というものが良く出ていて、それでこの作品が
 欲しいと思い購入した、と」

Y「その時点では、まったく若冲という名前はご存じなかった?」

E「全然。ホテルからお店へ戻る間に絵が売れてしまっているんじゃないかと非常に
 ドキドキした、と。よっぽど好きだったみたいです」

Y「それが1953年ですね。23~24歳の頃」

E「他にも数点見ていたようですが、Mr.ライトが「青年には、この作品は良すぎる」とか
 言って自分で買って持って帰ったものもあったようです」

Y「ライトって人は、かなり癖のあった人物だったようで。
 ニューヨークの街を歩いていても、赤信号も平気で渡っていって。
 私のために車は止まるべきだ、とか言って」

ほほー、ライト氏についても知りたくなってきました。
学生の頃、明治村まで行っておきながら帝国ホテル(の中央玄関)を
見てないんですよねぇ。
今思うと、勿体ないことをしたと思いつつ......

という訳で、またも次へ続くのでありました。






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# by yui_usakame | 2016-04-25 23:34 | 美術展 | Comments(0)

若冲展 特別記念講演②

若冲展の特別記念講演で聞いた話を、メモを頼りに
書き起こしております。
①は、こちらです


Yは司会の山下裕二さん
Tは辻惟雄さん
Jはジョー・プライスさん
Eはエツコ・プライスさんを表しております。

**********************************************************


スライドを使って、ジョー・プライス氏を紹介するコーナー。

■馬に乗っている人々の写真

Y「これはオクラホマ。ジョーさんの生まれ故郷。
 右から2人目が幼いころのジョーさん。何歳ごろの?」

J「No」

E「あんまり覚えてないと思うんですが、5~6歳でしょうか。
 真ん中が父親です」


■飛行機の前で笑顔で立っている男女の写真

Y「これが(ジョーさんの)お父様とお母様。
 飛行機ですが、これは自家用飛行機」

Y「ジェットじゃないけれど、プロペラ。DC3という28人乗りの
 自家用飛行機の前で。お父様はどうゆう仕事を?」

E「初めてパイプラインの溶接を始めた人物。高校を卒業後、専門学校で
 溶接を学んで、パイプのコーティングをしたり」

Y「石油のパイプラインの溶接技術の特許を持っていらして、財を成された、と」


■男性2人の写真

Y「これが、お父様と建築家のフランク・ロイド・ライトと一緒にいる写真。
 ジョンさんが大学を卒業されたころにライトが設計したプライスカンパニーの
 ビルを建てることになったんですよね?」

E「大学の時です」


■ビルの写真

Y「これが完成したプライスタワー。確か19階建ての建物。
 そして、今アメリカの文化財の指定されている」

E「一応、政府からは国宝になっているけれど、今年の8月に世界遺産に
 なるかならないかが」


会場内どよめき。

Y「(現在は)いわゆる登録文化財みたくなっている」

プライスタワーの写真は、こちらで見られます。
 
うむむ、こんなにもスケールの大きな話になるとは。

Y「このタワー建設のために、ジョーさんはライトとお父様のコーディネートをするような
 仕事をするようになったということでよろしいですか?」

E「このタワーの技術方面を彼(ジョーさん)がしていたので、父親とMr.ライトの間に
 挟まってピンポンゲームのような感じで大変苦労した、と。
 それでMr.ライトと交流があってニューヨークも一緒に行った、と」

Y「あとでまた出てきますが、ライトと共に行ったニューヨークのアンティークショップで
 若冲の絵と出会われる、と」


■タヒチにて撮られたという写真。男女数名が映っていました。

タヒチにてとキャプションがついていましたが、どうやらこれはタヒチから帰ってきた後
家でタヒチパーティーをやったときのものではないか?とエツコさん。

「それは失礼しました」と言った後、何事もなかったかのように
「次へ行きましょう」という山下氏。


■上半身裸で腕組みしてる若き日のジョーさんの写真。どうやら船の上にいる様子。

E「これが仕事が嫌になって、プライスタワーも完成するということで
 帆船に乗ってサンフランシスコからタヒチに向かった」

Y「帆船を買われて、太平洋を」

E「買わざるを得なかったようです。映画俳優さんが持っていた帆船を(今までは)
 借りていたが買わなければタヒチに到着しないとか、で」

帆船の名前は”ワンダラー”だそうで。
はて、どなたから買われたのかしら。


ここで少々、ジョーさんとエツコさんが押し問答を始めました。

Y「なんだか少々揉めているようで」

この絶妙なツッコミ。
山下氏に弟子入りさせていただきたい。

どうやらご夫妻の間で、年齢?年代?のことで食い違いがあったようでして。


Y「まぁ、この加山雄三風の写真は、いずれにせよ会社の仕事に嫌気がさして
 太平洋の男となっておられた頃ですね」


■ご夫妻の結婚式(?)の写真

ここで会場から、「おお~」「可愛い~」という声が。
エツコさん、自分を指さしておられました。可愛らしい。


Y「これはどこですか?」

E「これは結婚してタヒチへ行ったとき。25(歳)と35(歳)のとき」


■日本の漁港らしきところに立っているご夫妻
 ジョーさんはスーツ、エツコさんはお着物だったような?
 ”新婚当時、別府にて”とのキャプション

E「これは熊本かどこかに」

すかさず「別府みたいですね」とツッコミ入れる山下氏。

Y「ジョーさんが初めて日本に来られたのが1963年」

E「その時、彼は美術館に行ったりお寺に行ったりで私が案内した」

Y「案内した、それがきっかけだった。そして九州まで行かれてるんですね。
 聞いた話だと、別府から京都までタクシーで行かれたと」

E「それは結婚前で。1963年の後半に(ジョーさんと)会ったんですけれど
 1963年の前半に、彼はサンフランシスコから来ていた男性たち3名と
 京都からタクシーで九州へ行き京都へ戻ってきた、と。

Y「そのタクシーの運転手も、さぞやびっくりしたでしょうねぇ」

E「その時、タクシーの運転手さんが皆生(かいき)温泉へ行ったらどうですか?と。
 (エツコさんと出会う前の話なので、あとで聞いた話だそうです)
 私は皆生温泉の近くで育っています。

 男性3人、同じ旅館に泊まった時「ヌードルショーを見に行きなさい」と女将さんに言われ
 見に行ったら実際はヌードショーだったらしくて。 
 非常に日本の山陰道を楽しんだ、と。
 その後に私と出会って、君は山陰地方の人か、と」

Y「その話は初めて聞きました」


■ワイナリーにて 1972年のキャプション

Y「これは結婚されてしばらくたってからですね」
(ご結婚は1966年)

ここで辻氏が「これはねぇ、私が」と言いかけて、すかさず山下氏に
「先生、マイクをお願いします!」と叫ばれてました。

T「これは私が招かれてシアトル経由でカリフォルニアへ。
 カリフォルニアのワイナリーで撮った写真です」

なんと撮影者は辻氏だった、と。

Y「そもそも、最初にプライスさんと会ったのは先生が東京文化財研究所に
 お勤めの時だった?」

T「そうですね」

Y「それは誰かに紹介されたのですか?」

E「京都で、若冲の絵を探しているなら東京に ひじょ~に変わった先生が
 いるから。あの先生も、一人で若冲研究しているから、と」

Y「要するに、一人で研究している人と、一人で集めている人」

笑いすぎて、お腹痛い。

私の文才じゃ、あの見事な掛け合いを再現できなくて申し訳ないのですが。
漫才でもやってますか?!ぐらいなテンポの良さで。
愉しかったなぁ。しみじみ。

Y「それから50年経って、ようやくこれだけ沢山の人が共感してくれるようになって。
 先生、この時初めてアメリカに?」

T「そうです」


■湖を見下ろせる高台にいる辻先生

E「レークタホのエメラルド・ベイという美しいところで昼食を」

Wikipediaによりますと
>タホ湖は、アメリカ合衆国カリフォルニア州とネバダ州の州境の
>シエラネヴァダ山中にある湖である。

T「1972年ですから、先生ちょうど40歳頃」

T「お若いですね。ちょっと、兆候はありますが」
そう言って、レーザーポインターで額のあたりをクルクル。

こ、この師弟関係面白すぎるんですけど。
辻氏、いじられても全く動じません。


■オクラホマにあったプライス邸の外観写真
 ブルース・ゴフ氏が設計したそうで
 
Y「ブルース・ゴフは、フランク・ロイド・ライトの友人にあたる人で
 プライスさんに若冲という存在を教えてくれたのがブルース・ゴフだった
 訳ですね。そのことについて、プライスさん教えてください」

E「(ジョーさんが)オクラホマ大学在学中に、Mr.ゴフはオクラホマ大学の
 建築学部長だったんです。
 彼(ジョーさん)は建築学部の学生じゃないけれど、毎金曜日にクラシック音楽の
 コンサートが放課後にあって、そこでMr.ゴフと知り合った。
 その前に、彼が学生新聞に写真を出してMr.ゴフが「この学生に会いたい」と。
 初めはMr.ゴフからジョー・プライスにアプローチした、と。

 父親が会社の本社を建てたいと言った時に、Mr.ゴフに相談したら
 Mr.ライトを紹介してあげるから、ということで」


■オクラホマにあったプライス邸の内部写真

E「これが居間です」

丸く大きな赤い玉を見て
Y「これは何ですか?!」

E「これは椅子です。今流行ってますけれど、当時非常にモダンな」

ここで、家の話を始めるジョーさん。

この家は3段階へているそうで

E「初めは(ジョーさんが)独身の頃。
 ちょうど私がオクラホマに来た頃に完成していた。
 キッチンが狭くて、半畳ほどしかなくて」

Y「増築を重ねられているんですね」

E「3回目は子供ができて、3階を自分のオフィスにするために」
 

と、またも長くなりましたのでここで〆ます。

これでまだ講演の3分の1ぐらいだったりします。







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# by yui_usakame | 2016-04-24 17:38 | 美術展 | Comments(0)

若冲展 特別記念講演①

4/22(金)から東京都美術館で始まった若冲展。
初日から1万人を超える来場者だったそうで!!

翌日の土曜日、午後12時半ごろ東京都美術館へ行きましたら
入場まで10分待ちという案内が出ておりました。


で、東京都美術館まで行ったからには若冲展も見たかったのですが
平日の方が少しは空いているだろうと思いまして、来週見ることに。

じゃあ、何しにわざわざ美術館まで足を運んだかと言いますと
若冲展特別記念講演を聞きに。


司会は山下裕二氏(明治学院大学教授)。

若冲展総監修の辻惟雄(MIHO MUSEUM 前館長)と
若冲愛好家のエツコ&ジョー・プライス夫妻による対談。

なんと豪華なメンバーでありましょう。

開場は13時だったのですが、30分ほど前から東京都美術館講堂の前で
並んでいましたら
講堂脇の扉から、エツコ&ジョー・プライス夫妻と関係者の方々が
出てこられてドギマギ。


通訳があるとはいえ、1時間半の講演は一体どんなものになるのか?
不安と期待が入り混じる中、ついに開場。

前から二列目の中央寄りに席が取れました!
d0075206_2338767.jpg

講堂内がとても綺麗で、全体の写真を撮ってくれば良かった。


必死になってメモってきたので、書き起こしてみようと思います。
メモできなかった部分、自分の字ながらメモが読めなかった部分、口調の違い、
聞き間違いなどあるかもしれませんが、ご容赦くださいませ。


------------------------------------------------------------------------


まずは東京都美術館の職員の方の挨拶。

ご夫妻が今年結婚50周年を迎えられること、
辻氏と夫妻が出会われてからも ほぼ50年、
そして東京大学時代の教え子にあたるのが司会を担当される
山下氏とのこと。
山下氏自身も、ご夫妻と友人でいらっしゃる、と。

通訳を担当されるのは、若冲展にも関わっていらっしゃるという
浅野研究所の広瀬麻美氏。


そして司会の山下氏登壇。(以下、Yと表記させていただきます)。

Y「冒頭の紹介にもありましたが、ご夫妻が結婚されて50年。
  辻先生と出会われてからも、ほぼ50年。
  ほぼ、というのは双方に話を聞くと微妙に記憶が曖昧で...」

と、ここで会場から大きな笑いが。

この後も、山下氏の絶妙なツッコミと、脱線しそうになる話を本筋へ戻す
見事な手腕で13:30から15:00まで濃密な時間となりました。
まさか、あんなにも大笑いする愉しい講演会になるとは誰が予想できたで
ありましょう。


そして、辻先生、ご夫妻、広瀬氏登壇。

Y「若冲関連の記事などで必ずと言っていいほど登場される皆さんなので
 ご存知の方も多いと思いますが」といって各氏の紹介。


 ジョー・プライスさん、1929年生まれ。昭和四年。
 山下氏の亡くなられた母上と同じ年ということで、ジョー氏と山下氏は
 親子ほど離れていることになる、と。

Y「現在86歳。今年10月で87歳ということで、若冲の年齢を超えられています。
 若冲は1716年生まれ、1800年に亡くなっているので84歳。
 ジョーさん、若冲より長生きしていることについてどう思われますか?」

ジョー氏(以下、Jと表記させていただきます)。
 「Very Well!」

ジョー氏の記念すべき第一声、「Very Well!」。

Y「ご夫妻が結婚された当初の写真も、のちほどスライドにてご紹介します」

おー。


Y「辻先生は1932年生まれ。ジョーさんより3歳年下ということは今年84歳。
 ちょうど若冲と同じ年に」

ま、まって、同じ質問を?(期待)

Y「いかがですか、先生?」

マイクを持たずに話だす辻氏。

Y「先生、マイクを持ちましょう!先生!!
 これ、いつものお約束でして」

会場内、大爆笑。

辻氏(以下、Tと表記させていただきます)。
 「いやぁ、この歳まで生きられたというのはありがたいことで。
 若冲は晩年まで凄い絵を描いたなぁ、と」

Y「そうですね○○寺(聞き取れませんでした)の屛風画も、
 百犬図も80代の作品ということで。目が良かったんでしょうね?」

Y「この若冲展は大人気で。昨日初日でしたが一日で一万人以上の
 入場者があったようです」

会場、ざわざわざわ~。


Y「もう少し待ち時間があると思いましたが。意外と少ないですね...
 中は物凄い混んでいるようですが。
 この若冲ブームについて、どうジョーさんは思われますか?

J「(英語で回答)」

通訳担当の方が話されるのかと思った、その時!

エツコさん「時間の無駄になりますので、わたくしが...」

またも会場内、大爆笑。

まさか、エツコさんの第一声を、このような形で聞くとは思わなかったので。
席順では、ご夫妻は隣り合って座るようになっていたのですが
入場した時に、ジョー氏、通訳担当の広瀬氏、エツコ氏という順番で
座られたので「あれれ?」と思っておりました。

なるほど、エツコさんがジョーさんの言葉を通訳して下さる、と。

エツコさん(以下、Eと表記させていただきます)。
「本当に今回の展覧会の作品は素晴らしくて。
 彼(若冲)の才能が、やっと一般の人たちにも認められたんだなと
 喜んでおります」

E「そうゆうことですよね?(と通訳さんに確認)」

通訳さん「はい」


Y「1953年に初めてジョーさんが絵を購入された23、24歳の頃
 日本人も若冲の名前をほぼ知らなかったと思います。
 ジョーさんも若冲の名前を知っていて買った訳ではなく、
 絵そのものを見て、絵の魅力にとりつかれた、と。
 そのあたりのことも、のちほどスライドでご紹介します」

Y「辻先生は今の若冲ブームで大変忙しくされていて、もうテレビでるの
 いやでしょう? あ、先生、マイク」

どうやら辻先生は、マイクを持つのをつい忘れてしまうようです。

毎度、私の顔がでて申し訳ない、といったことを辻氏が答えていらっしゃいました。


いよいよ、スライドを使った説明が始まります。
が、長くなりましたので一旦これで〆ます。







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# by yui_usakame | 2016-04-24 13:24 | 美術展 | Comments(0)

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