カメがウサギにドンブリ勝負

静嘉堂文庫美術館訪問記

前回と前々回で書きました『よみがえる仏の美』展で、初めて世田谷にある
静嘉堂文庫美術館へ。

ホームページには二子玉川駅からのバス乗り場や時刻表が掲載されていて
助かりました。
往路はバスにして、復路は徒歩にしてみようかとも思ったのですが。
結局、往復もバスにしたのは方向音痴だからです。はい。
ちなみに地図には徒歩で行く場合の地図も掲載されております。


バスを降り、そのまま道なりに坂を登っていくと美術館の入口が
左手に見えてきました。
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↑写真は、道路をはさんで反対側から撮影したものです。


入ってすぐ、その緑の濃さに驚かされました。
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川が流れていたりして、世田谷にいる感じがしなくなってきました。
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ゆるやかな坂も、最後の方は少しキツかったりして。
まぁ、それは私が運動不足だからだと思いますが......


坂を上りきった先に見えたのが
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岡本静嘉堂文庫。
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こちらの文庫は東京都選定歴史的建造物にも指定されているそうで。
説明によりますと、鉄筋コンクリート造2階建スクラッチ・タイル貼りの
瀟洒な建物で、イギリスの郊外住宅のスタイルを濃厚に表現している、と。

静嘉堂文庫は、三菱合資会社の第四代社長であった岩﨑小彌太が、その父・彌之助の
収集した日本や中国の貴重な古典籍を永久に保存し、更に研究者に公開することを目的に
建設したものである。

設計者の桜井小太郎(1870~1953)は、イギリスで建築を学び、英国風の
落ち着いた品格のあるデザインを得意とした。
岩﨑小彌太も明治33年イギリスに留学し、ケンブリッヂ大学を卒業した英国通であり、
両者の呼吸が一致した作品である。
内部は玄関ホール、ラウンジ、閲覧室、2階に応接室等があり、19世紀後半イギリスの
アーツ・アンド・クラフト運動の雰囲気をもっている。

文庫内は原則として非公開とのこと。内装はどうなっているのか見てみたいなぁ。

文庫の左手に美術館が見えるのですが、なぜ写真を撮ってこなかったのか。

美術館を正面に見て右側に庭園入口と書かれた案内板が。
そちらへ進んでいくと、え、ここでいいの?と
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ちょっとドキドキ。
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背丈の大きな木々が生い茂っています。そして、かなり段差を利用した庭園で
階段を下まで降りると暫くは平地で、また階段を登り、美術館前(先ほどとは反対側)へと
戻ってくるコース。

途中、竹林も見えました。ここは降りて行けないので、タケノコ狩りは出来ないと
思われます。(しないって)
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さて、往路と同じでは面白くないということで別ルートで帰ることに。
美術館を正面に見て左側へと歩きだすと、何か狛犬のようなものが見えてきました。
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納骨堂と言うことで、写真撮影は控えました。

この納骨堂を設計したのは建築家ジョサイア・コンドル氏で明治43年(1910)に
建てられたそうです。
コンドル氏は、先ほどの文庫を設計した桜井氏の師匠さんでもあったそうです。
なるほど、三菱一号館を設計したのもコンドル氏でしたし、岩﨑彌之助氏のお宅も
設計されているというのでご縁があったのですね。

先へ進むと、岩﨑彌之助氏の石碑が。
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一般的な石碑というイメージを大きく覆す、大きな大きな石碑に
圧倒されました。

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はて、ここは本当に世田谷なんだろうか、とまた思いつつ道を進みますと
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今度は巨大な灯篭が。いや、この写真だとさほど大きく見えないとは思いますが
先ほどの石碑といい、この灯篭といい、歩いているうちに不思議な力が働いて
自分が小さくなってしまったんじゃないか、と思うぐらい。
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なにやら日光東照宮にもありそうな感じの装飾でした。


そして、この灯篭の先が階段なのですが。
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急角度がお分かりいただけますでしょうか。

この時、先に階段を下りている方がいたのですが。
見えない。まったく、降りている姿が見えない。
覗きこんだら、見えましたけど。

しかも少し前下がりな感じの階段でして。
ちょっと気を抜いたら、落ちてしまうじゃないかと少々冷や冷やしました。

下から見てみますと
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うん。この写真だと伝わらない気がします。

階段を降り切り左へ進みますと(というか、左にしか行けないようになっています)
往路で二岐に分かれていたところへ出てきました。
良かった、ちょっと洒落っ気(?)だしてこちらへ来たら美術館へ到着前に
体力がなくなってしまうところだったかもしれません。

どうやら、この一帯は岡本静嘉堂緑地として保存されているようでして
説明によりますと、国分寺崖線の一画にあり、もとは岩﨑家が所有する庭園。
昭和20年ごろまでは庭園として維持管理がされ、その後は人の出入りもなく
ほぼ自然状態にあったため、貴重な自然が残された、とありました。
美術品鑑賞だけでなく、思いがけず緑も堪能できた一日でした。


静嘉堂文庫美術館へ行ったのは5月末なのですが、5月上旬に箱根・山のホテルへ
行く機会がありまして。
山のホテルは、小彌太氏の別邸跡に建てられたホテルということですし、
庭園には小彌太氏が集めたというツツジやシャクナゲが所狭しと植えられていました。

という訳で、先月は思いがけずも小彌太氏と関係の深い(??)月であったなぁ、と
思う今日この頃です。







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# by yui_usakame | 2016-06-08 22:24 | 美術展 | Comments(0)

『よみがえる仏の美』展 静嘉堂文庫美術館②

静嘉堂文庫美術館で開催されていた『よみがえる仏の美』展。

十二神将立像の次に私が惹きつけられたのは、ずらっと段に並べられられた
小さな白い塔。

その数、40基あったそうで。
その名は、百万塔。

764年(奈良時代後期)に称徳天皇の勅願によって鎮護国家の願いを込めて
製作されたそうで。6年かけて作られた木製三重小塔百万基。
塔の表面を白土で白化粧し、中には印刷した陀羅尼(仏教の呪文)を1巻ずつ
巻いておさめ、東大寺や薬師寺など南部七大寺を中心に十大寺に十万基ずつ
分置した、と説明にありました。

やることの桁が凄い!!

塔の高さは書いてなかったのですが、Wikipediaによると標準的なものは
総高21.4cmとのこと。
中におさめたお経の印刷の製作方法は、まだ不明だそうで。
木版、銅板、スタンプ説があるそうです。
静嘉堂文庫美術館の公式ホームページによりますと、百万塔の中には印刷した
四種の陀羅尼が1枚ずつ納められている、と。
印刷も大変だけれど、それを巻いていくのも大変そう......

百万塔の製作についての記載が『続日本書紀』にあり、印刷年代が判明している
現存最古の印刷物の一つである可能性が指摘されている、と。
今回、静嘉堂文庫美術館が所蔵する百万塔すべてを展示したそうです。
40基でも迫力ありましたが、それが百万基。うーん、作ったものを置いておく場所も
相当広い場所を確保しないといけないだろうしなぁ、などと違うことを考え始める私。


次に私が興味を持ったのが≪古経貼交屏風≫六曲一双。
12枚のパネルを6枚ずつ綴じあわせて六曲一双に仕立てた屏風で、四周に草花模様の
更紗を貼り、左右に開けた孔に染皮の紐を通して結んでありました。
紐で繋がった屏風って珍しいなぁ、と。

屛風には絵が描いてある訳ではなく、古経が切り貼りされていたり、
ところどころに布の切れ端のようなものが貼り付けられているという。

説明には、蜀江錦(しょっこうにしき)をはじめ法隆寺献納宝物と同じ裂(きれ)などが
多く見られることから法隆寺献納宝物との深い関わりが推定される、と。
屛風の形になったのは、明治時代前後ではないか、と。

古経や裂が少しずつあるから、それを集めて1つの屏風にしよう、ということ
だったんでしょうか??


羅漢図が三幅展示されていて、そのうちの1つを修理する際、補填する絹は作品と
同じ折り目の絹を用いた、と説明にありました。

展示の後半部には、修理に使われる道具が並べてあるケースがありまして
その中には修復に使われる絹も展示されていました。
そうそう、こうゆうのを知りたかった!!と大興奮。いつも通り一人で大興奮。

欠損部に補填する絹は放射線を照射して人工的に劣化させ、
補填した絹自身が欠損部周囲の絹を損傷させないように、あえて弱くして使用するとか。
欠損通りの形にカッターで切りぬいて糊をつけ、ピンセットで欠損部にはめ込むそうです。
絹が絹を損傷させるなんてことがあるんですねぇ。

文化財の修理に使用される宇陀紙は、奈良県中部に位置する吉野町で
漉かれる紙だそうです。
国から認定されている選定保存技術保持者の方が漉いたという紙が展示されていました。
楮の繊維に吉野山で産出される石を砕いた粉末を混ぜて漉くそうです。
パリっとして張りがあり、表面が滑らかで柔軟な上に丈夫な紙になるとか。
(この説明を読んだ時、私もそうゆう肌になりたいとか訳の分からんことを思いました)

掛け軸を巻いて収納するときに、作品の表面が密着するのに適した裏打ち紙として
総裏打ちに使用するそうです。
つまり、掛け軸をかけたときに壁に接する部分が宇陀紙ということですね。

紙に含まれる石粉(いしこ)がアルカリ性なので、総裏打ちに使用する古糊(ふるのり)の
酸を中和したり、収納時には作品の表面の酸化を抑える効果があるそうです。

ちなみに、古糊とは小麦のデンプン糊を低温で貯蔵して乾燥後に硬くなりにくくした
弱酸性の糊、だそうです。

ちなみに、今回の展示の中に坂田墨珠堂さんという名前が。
検索したら、面白い動画を見つけました!
古糊、補絹(ほけん)、補絹に使う劣化絹、折れ入れ、付け回しなど
描軸を修理する工程も少し見られますので、宜しければ是非。


この動画に出てくる皆さん、お元気で修復作業をされていらっしゃるかしら...
いやぁ、不器用なので絶対弟子入りできないけれど、興味深い仕事だなぁ。

話を展示に戻しまして。


文化財は100~150年周期で修理が行われることによって伝えられてきているそうで。
数百年後に再び修理が可能となるように、数十年後にどのように変質するか分からない
合成の接着剤は使用せず、動物性の膠や植物性の布海苔(ふのり)を絵画の剥落止めに
使用するそうです。

膠は1~3%の水溶液にして絵具刷毛や絵具筆で彩色部分に塗布したり、
剥離した絵具の隙間に10%程度の水溶液を面相筆で差し込んで絵具を画面に
定着させたりするそうです。

あとは、裏打ちに使用する刷毛、糊刷毛、撫刷毛、糊盆などなど紹介されて
いたのですが。
手首の限界で、描きとめることが出来ず。無念。


最後に気力で書きとめたのが、掛け軸の補修作業の流れについて。

1.表装解体
2.乾式クリーニング
3.剥落止め
4.旧裏打ち紙除去
5.旧折れ伏せ除去
6.湿式クリーニング
7.表打ち
8.旧肌裏紙除去
9.旧補修除去
10.補絹(ほけん)
11.肌裏打ち
12.表装 表装裂の補修
13.増裏打ち(ましうらうち)
14.折れ伏せ
15.付け廻し
16.中裏打ち 表装全体の厚みを調整
17.総裏打ち
18.補彩
19.仕上げ

本当は、1つずつの項目に説明も書いてあったのですが。
いかんせん、気力と手が追いつかず。無念。

墨仁堂さんという会社のホームページに、修理工程が紹介されてました!ありがたや。


いやぁ、面白かったです。
展示も見どころが多かったですし、修理工程についても知ることができて大満足。

新しい場所だからと躊躇せず、見たいと思った展示は見に行こうと、なるべく見に行こうと
そう思う今日この頃です。







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# by yui_usakame | 2016-06-06 22:50 | 美術展 | Comments(0)

『よみがえる仏の美』展 静嘉堂文庫美術館

とある展覧会へ行ったとき、他の展覧会のチラシが何枚か並べてあって

おや?若冲という文字が見えたような?!
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あの若冲もならった名品、「文殊・普賢菩薩像」も公開!

それは、見てみたい。
是非とも見てみたい。

場所は、静嘉堂文庫美術館。
聞いたことがあるような、はて、場所はどこなんだろう?
東京じゃなかったらどうしよう、と思ったら。

東京都世田谷区!
失礼しました。


しかも、全期間≪曜変天目≫と≪油滴天目≫が展示されているとなれば
もうこれは行くしかない。

ドキドキ。

そう、初めての場所。
しかもバスに乗る。もうそれだけで緊張。
そして美術館の入口から美術館へ至る道が、これまた想像以上で。
それはまた、別の機会に書こうと思います。


若冲が描いた《普賢菩薩像》《釈迦如来像》《文殊菩薩像》は、こちら。
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そして、今回の展示で展示されていた《普賢菩薩像》と《文殊菩薩像》
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正確には≪釈迦文殊普賢≫張思恭(ちょうしきょう)筆 三幅のうち二幅。

現在、張思恭の≪釈迦如来像≫はクリーブランド美術館が所蔵しているとのこと。
その≪釈迦如来像≫も加えて比較してみると
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確かに構図や色合いが似ているような。
若冲が描いた《普賢菩薩像》219.4×110.1cm、《釈迦如来像》212.4×111.4cm、
《文殊菩薩像》210.4×114.4cmとのこと。

残念ながら張思恭の作品の大きさが私には見つけられなくて。

そして調べている時に、2014年にクリーブランド美術館展なるものが開催され
この≪釈迦如来像≫も来日していたという情報が。くー。
でもまぁ、そのとき見ていたとしても当時は今よりもさらに若冲作品に詳しくない私。
作品説明に書いてあったとしても、ピンときたかどうかは別の話ですし。
ましてや過去の話ですから、今さらどーこー書いてもしかたない、と思いつつも
見たかった。くー。


若冲は、この絵をみて「巧妙無比」と言ったそうで。
もともと張思恭の描いた三幅は京都・東福寺にあったとのことなので、
その時にこの絵を見たのでしょうか。

そうかぁ、若冲が見た絵を私も見ているのか。
しみじみ。
丁度、この二幅の正面にベンチがありましたので、ゆったりと見ることができたのも
嬉しかったです。

すごいなぁ、そもそもは14世紀に描かれた絵を、江戸時代の人と、平成の時代に
生きている人間が見ている訳かぁ。
修復されつつ、受け継がれてきたんだなぁ、と。

今まで見てきた浮世絵や絵画も、有名な画家たちが見てることはあったし
そんなにしみじみ思わなかった自分も不思議なんですが。

特に今回の展示が修復をテーマにしているから、余計にそれが感じられたのかも
しれません。


美術館入口でチケットを購入し、中へはいるとラウンジが。
そこには国宝≪曜変天目≫と重要文化財≪油滴天目≫が展示されてました。
ミュージアムショップで購入した絵はがきは、こちら。
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照明ではなく、自然光で国宝と重要文化財を見たのは初めてかもしれない、と。
ケースの周りをグルグル、下から見たり、上からのぞいてみたり。
光の加減で表情を変える器たち。
特に≪油滴天目≫は、外側まで油滴が沢山見えて綺麗だなぁ、と。
どちらも高台まで黒釉がたっぷりとかかっているのも好きでした。

こちらもミュージアムショップで購入した小冊子。
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この冊子によると、昭和9年に≪曜変天目≫を岩﨑小彌太氏が所有することに
なったそうですが。
「名器を私に用うべからず」と、生前一度もこの茶碗を所有することがなかった、と。
今のところ完全な姿で現存する≪曜変天目≫は世界に3つ確認されているだけで、
その1つが自分の手元にあったなら。
ちょっと、それでお茶を飲んでみたいという誘惑に私なら駆られてしまいそう...
いや、でも壊したら困るし、そうゆう意味で止めておくかもしれません。



展示室へ入ると、まず展示されているのが≪普賢菩薩像≫鎌倉・13世紀の作品で、
修理後初披露だそうです。
画面全体に折れや めくれといった損傷が多くみられたため平成25,26年の
2年間かけて修理したそうです。

肌裏紙(はだうらがみ・絵が描かれている絹の裏側に直接貼られた裏打ち紙)を
剥がさないで装丁されており、経年によって硬くなった肌裏紙折れの原因に
なっていたそうで。
可能な限り除去して、新たに肌裏打ちを行い更に折れ部分を補強することで
折れを解消した、と。


画面に細かい金の線で模様が描かれていて、すごい視力の持ち主だなぁ、と
感心していたら、説明書きに“截金(きりかね)”という技法が使われている、と。

”截金”とは、細かく切った金箔を貼って模様を作る技法。
仏像や仏画の尊い姿をより崇高にあらわすために飾る(荘厳する)ことを
目的として用いる、と説明にありました。

描いてない...
描くのも大変だと思っていたんですが、あの細さに金箔を切って、貼る......
気が遠くなりそうでした。

白象に乗った普賢菩薩。象の足元には五色の雲が。
その表現も、また細かくて。
白象の1本の牙が3本に分かれているように描かれているのも、
白象の足元に鍋敷き(!)みたいなのがあるのも可愛かったです。
そうそう、若冲が描いた普賢菩薩の象にも、鍋敷きみたいな描写が。
これは一体、どうゆう意味があるのかしら??


展示室を進むと、真ん中に仏像の入った4つのガラスケースが。
それぞれに寅神像、卯神像、午神像、そして酉神像。
木造十二神将立像のうちの4軀とのこと。

京都・浄瑠璃寺旧蔵の十二神将立像は、明治時代に寺を離れたそうで
現在は子神、丑神、寅神、卯神、午神、酉神、亥神の7軀が静嘉堂文庫美術館に、
辰神、巳神、未神、申神、戌神の5軀が東京国立博物館に所蔵されているそうです。

なぜ前半6軀と後半6軀という分け方ではなく、2か所で保存されることになったのか??
という私のアホな疑問はさておき。

美術館が所蔵する7軀のうち、今回展示されている4軀は修復作業が終了したとのこと。
運慶作なのではないか?ということですが、今回修理した4軀からは断定できるものが
発見されなかったようで。

私が思っていたよりも小ぶりな像でしたが、どれも表情豊かで、うっすら模様も見えて
いつか12軀揃ったところも見てみたいなぁ、と思っております。

ちなみに十二神将とは、病気の苦しみから人々を救う薬師如来を守るための眷属
いわばガードマンである。
平安時代後期(12C)になると、十二支と結び付けられ頭上にシンボルを戴く姿を
見ることができる、と。
このシンボルが、うん、まさに!というものだったり、ちょっと可愛かったりと
それぞれ違っているように私には見えました。

この十二神将たちはヒノキ材による寄木造り(よせぎづくり)ないしは、
割矧ぎ造り(わりはぎづくり)で作られているそうで、1212年頃制作されたものでは
ないか、と説明にありました。

それぞれ、修理の様子もパネルで紹介されていまして
午神像は右前腕部を取り外したところ、内部に鮮やかな赤い色彩があったこと
卯神像は左うえどぉ取り外したところ、左腕によって守られていたため装飾の色彩が
確認できたとか、
酉神像をCTスキャンしたところ、玉眼を内側から固定する材をとめるために
14本もの竹釘が使われていることが分かった、と。通常は2~8本。
非常に特徴的な玉眼の固定方法だということです。

少々長くなりましたので、次へつづく。







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# by yui_usakame | 2016-06-05 21:25 | Comments(0)

『奥村土牛 画業ひとすじ100年のあゆみ』展

奥村土牛展のチケットに使われていた作品。
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高校の美術の時間に、奥村土牛の≪醍醐≫という作品であることを知りました。

綺麗な桜の絵だなぁ。実物が見てみたいなぁ。
と思いつつ、どこで見ることができるのか、までは考えなかったあの頃。

それから数年後、この絵が美術館で見られるという情報が。
しかも国立の美術館とかではなく、どうやらどこかの会社が運営している美術館らしい。
「ほー、美術館って国だけがやっている訳じゃないんだ」と、どこまでも無知だった
あの頃。
(まぁ、その辺はあまり変わらないか。ぶつぶつ)

見たい絵があるからと美術館へ足を運んだのは、この≪醍醐≫が初めてで
私と”美術館”という存在を結び付けてくれた思い出深い作品です。


20年以上前に見に行ったときのチケットも大切に保管してありまして
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そうそう、まだ兜町にあったときでした。
初めて行く場所に、ドキドキしながら行った記憶があります。
(それも今と全然変わらない、この方向音痴がなせるドキドキ)


≪醍醐≫を初めて見た印象は、綺麗と思うと同時に大きいなぁ!でした。


さて、本当に大きかったのか。
記憶の中で、大きくなってしまったのではないか...と思いつつ
展示室へ降りていきますと。


もう目の前に≪醍醐≫が。
正直、一番最初に展示されているとは思わなかったので心の準備(?)が
できないままに、初恋の人に出会ってしまったような。
いや、実際にはそんな体験ないですけれど。

あぁ、やっぱり綺麗だし、大きい。
調べてみたらタテ135.5×ヨコ115.8とのこと。
80歳を過ぎていても、この大きさを描ける気力と体力。
しかも、描きたいと思ってから10年以上の歳月が経過しているとか。

先日見た安田靫彦の≪飛鳥の春の額田王≫は19歳の時に見た風景を
60年かけて作品にしたものだというし、
画家の中で熟成されたものが作品になると、その人の代表作とも言える作品に
なるだけの力のこもったものになるんだなぁ、と。

それだけ長い間考え続け、形にしたいと思ったものは、より画家の想いが昇華され
反映されているんだろうな、などと思いながら見つめておりました。

そうか、そうか、幹はこんな感じに表現されていたのか。
桜の花びらも、盛り上がるように描かれている部分もあったのか、と。
20年経過しても、好きな絵を実際見られるって嬉しいなぁ、としみじみ。



最初の≪醍醐≫以外は、ほぼ制作順に展示されているようでした。

【第1章 土牛芸術の礎】

大正12年 関東大震災で自宅を焼失し、家財道具も絵を描く道具もなくなった、と。
その状況に屈することなく、自宅近くの武蔵野の風景をスケッチしていたそうで。
≪甲州街道≫という作品を見て、皆さん口々に「まぁ、のどかな風景だわねぇ」
「昔は、こんな感じだったのねぇ」と仰ってました。

大正15年に麻布へ転居し、当時の赤坂を描いたのが≪雨趣≫とか。
細かい雨の線と、雨にけぶる風景が印象的でした。


個人的に山種美術館を好きな理由の1つとして
作品と共に画家の言葉を紹介してくれるところがあります。
長年、絵と一途に向き合ってきた人々の言葉って重みがあるなぁ、と
毎回うんうん唸りながら帰ります。


奥村土牛は制作において外面的な写生にとどまることなく
根気よく観察し描く対象の「物質感、つまり気持ちを捉える事」を重要視した
画家
だと説明にありました。
同様に色彩についても信念を持ち、色は見たままではなく
「本当の色の気持ちを捉え」、その色は「精神を意味したものでなければならない」と
考えたといいます。


見たままを描くことも、色を再現することも出来ない私にとって
最初の、この文章からすでに恐れ入りました、と。
画家の描きたいこと、絵を通して伝えたいことなどを完璧に把握することは
難しいとは思うのですが、なんか、こう、私なんぞどれぐらい画家の方たちの想いを
理解できるんだろうか、と。
ちょっと申し訳ないような気持にもなりました。
それは絵画だけでなく、映画でも音楽でも、文学でも当てはまるのですが。


さて、今回の展示には動物を描いたものが何点も展示されておりまして。

昭和初期の院展出品作には鳥や猿、仔馬など動物に取材したものが多く
鋭い観察に基づく描写が際立っている


とのこと。

「目が美しいから生きものを描くのが好き」
「動物は見ているうちに愛情が湧いて楽しく描くことが出来る」
とも仰っていたようです。
ペルシャ猫やシャム猫といった珍しい猫がいると聞くと写生にも出かけたとか。
動物がお好きだったんでしょうねぇ。
犬の絵が1点だけしか展示されていたこともありますが、もしかしたら土牛さんは
猫派だったのかしら、なんて勝手に妄想。


≪兎≫という作品は、毛のふわふわ感、まんまるいからだ、ヒゲのポツポツまでもが
可愛かったです。


≪春光≫という作品は、鹿が銀色??でふちどりされているように見えて
春の光を、こうゆう風に表現されたのかなぁ、と思ったり。


【第2章 描くこと 見つめること】

≪聖牛≫という作品は、善光寺にインドから牛が2頭贈られたと聞いて
息子さんと見に行き、一週間かけて写生したと説明にありました。
その情報収集を怠らない姿勢と、実際に見に行く行動力。
丑年生まれの土牛さんは、初期から晩年に至るまで数多くの牛を題材とした
作品を残されているそうです。


≪鹿≫という作品。遠目では分からなかったのですが、近くで見ると
鹿の背中の濃い茶色の部分がピカピカしてました。
このあとの展示の中で≪門≫という作品をあとで見たのですが、この時も茶色の門の
一見すると、ただ濃い茶色が塗られているように見えた部分もキラキラしてました。
うーん、このキラキラが何か効果あるんだろうなぁ、としか分からない自分。無念。


≪城≫は、姫路城をモデルにしているそうです。
この石垣が、本当に石垣で。
と、説明にならないことを書く私。
石垣ここにあり、というぐらい絵の中に石垣があったんです。
下から見上げた姫路城の構図も、とても美しかったです。

このあたりの土牛さんの言葉で「無難なことをやっていては明日という日は
訪れて来ない。毎日そう考えるようになっていった」と。
この前後の言葉もメモしてくるつもりだったのに、すっかり忘れてしまい。無念。


姫路城の「はの門」を描いたのが≪門≫という作品。
かつて姫路城には、いろは順に名付けられた門が15、その他の門が69あり
合計84の門があったそうで。現在は21残っているとのこと。
風景作品では、≪醍醐≫、≪鳴門≫そしてこの≪門≫が好きです。

「はの門」を写生している土牛さんの後ろ姿の写真も展示されていました。


≪鳴門≫という作品を制作するために、阿波の鳴門へ写生に行ったときのこと。
揺れる船の中で、奥様に着物の帯をつかんでいてもらいながら必死に写生されたと
説明がありまして。
写真で済まそうとか、見ただけで済まそうとか、そうゆうことではなく
実際に自分で描くという姿勢を貫かれたんだなぁ、と。

≪鳴門≫の構図を決定するために制作された画稿も展示されていたのですが、
大きさは23.3×33.7とさほど大きくなく、しかも鉛筆によるものなのですが、
その渦の迫力たるや。


≪舞妓≫という作品は2年かけて完成させた作品だそうで。
その間に3度京都を訪れ、出品の一週間前まで京都に滞在していたとか。
うむむ、その粘り強さ。


≪稽古≫という作品は、力士たちの稽古の場面。
お相撲が好きだった土牛さん。
「相撲は人生の縮図でもあり、勇気をもらう存在。
さらには絵画と同じ芸道のひとつだ」と仰ったそうです。


≪僧≫という作品は
「仏像を彫刻的に表現するのではなく生きた人間の気持ちで描き、
人の姿を借りて自分の心を表そうと試みた」と。
若い頃から、釈迦十大弟子立像(興福寺)に心惹かれていたという土牛さん。
現存する六像のうち、舎利弗像(しゃりほつぞう)、目犍連像(もくけんれんぞう)、
須菩提像(すぼだいぞう)、羅睺羅像(らごらぞう)を写生する機会があったそうで
数年かけて写生されたそうです。

六像は、興福寺の公式ホームページで見られます。



≪蓮≫という作品も個人的に好きです。

法隆寺近くの寺の池に咲くこの蓮の花は、赤い蕾が開くと白くなり香高いのが
特徴だそうで。
花の芳香と新鮮な色が失われないよう、土牛さんは毎朝4時に起きて池で写生を
したと説明に書いてありました。

花や葉は輪郭線を用いずに描かれ、色の濃淡だけで質感と奥行きを表現している、とも。

花の香りまで絵に取り込もうとしたように思えて、しばし立ち止まり蓮の香りを
思い浮かべつつ見ておりました。


【第3章 白寿を超えて】

第3章の最初に紹介されていた土牛さんの言葉。

私の仕事も、やっと少し分かりかけてきたかと思ったら八十路を越してしまった。
(中略)
芸術に完成はあり得ない。
要はどこまで大きく未完で終わるかである。

うむむ。
16歳ぐらいで小林古径氏に師事してから64年。
日本画一筋に歩まれてきたというのに、やっと少し分かりかけてきた、と仰る。
うむむ。

唸るしかできませんでした。


日本百名山の一つを描いた≪谷川岳≫。
「非常に親しみのある、明るくやさしい山」と仰ったそうで。
険しい山並みながら、どこかゆったりとした感じが絵から伝わってきた気がします。
優しい緑と茶色が印象的な絵でした。


今回の展示で、私が一番好きなエピソードが添えられていた作品は
≪朝市の女≫。

昭和44年7月、息子さんの運転する車で能登旅行へ出かけられた土牛さん。
朝市で見かけた若い売り子さんを写生。(その素描も展示されていました)

ですが、現地での写生だけでは飽き足らず。
売り子さんと同じような白木綿と絣の衣装や笠を購入して持ち帰り、
自宅で三男の妻に着せて写生を繰り返した、と。

いやぁ、お嫁さん驚かれたでしょうねぇ。
義父が旅から帰ってきたと思ったら、お土産(?)が白木綿と絣の衣装、そして笠。
ずいぶん変わったお土産だなぁ、なんて思ったら、写生したいからそれを着て座って欲しい、
などとお願いされたんでしょうか??

しかも、1回や2回じゃないんでしょうねぇ。繰り返した、という表現からすると。
いやぁ、なんだか勝手にその状況を妄想して会場で一人笑ってしまって。
奥村土牛の頼みじゃ断れないですよね。
でもポーズだけで、顔は自分じゃないんだなぁ、とかこっそり思ったりはしなかったんだろうか
などと、これまた妄想。


売り子さんの前に並ぶキスやヒラメなども、奥様と一緒に築地へ出かけて
気に入った色と形のものを購入して写生を繰り返した、と。

繰り返した、と。ふふふ。何度も行かれたんでしょうねぇ。
きっと夕飯に、その魚たちが並んだんだろうなぁ、とか勝手に妄想。


長くなりましたが、最後の一点。
≪海≫

乗り板(大きな作品の制作時、乗って描くための板)を用いた最後の作品、と。
土牛さんが乗り板に乗っている写真も展示されていました。
大きな大きな刷毛を手に、作品に向かう姿。
当時92歳。
「これ程思い出楽しく描いた絵はない」と仰ったそうで。


そうか、乗り板というんですね!
安田幸彦展の図録にも、大きな板に乗って≪黄瀬川陣≫という作品を描いている
写真が載っていましたが。ふむふむ、これだったのか。

海の輝きを出すためにプラチナ箔を貼った上から色彩をつけたとか。
なるほど、四角い升目みたいなものが見えるのは何だろうと思ったら箔だったのですね。
金箔にしろ、プラチナ箔にしろ、その上から絵の具がのるというのが不思議で。

今回は、いつもの小型版図録ではなく、作品集という形で販売されていました。
他の荷物が重かったので、次回購入しようと帰ってきたのですが。
いや、次回あるのか??と。
どうしても欲しくなったら、山種美術館の通販で購入しよう。


絵葉書は2枚購入。
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はてさて、次に≪醍醐≫を見られるのは何時になるのか。
その時、自分は何をし何を考えているのか??と、ぼんやり思う今日この頃です。







.
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# by yui_usakame | 2016-06-02 22:12 | 美術展 | Comments(0)

『若冲展』 東京都美術館で購入したグッズ その②

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なんだか、淋しい。
まだ会期は終わってないけれど、自分はもう今回の展示が見られないと思うと
なんだか淋しい。


という訳で、追加購入したグッズをご紹介。
その①はコチラです。


そうそう、前回行ったときは若冲展のロゴなどが印刷されたビニールに入れてくれましたが
今回は無地になっていました。
あまりの盛況ぶりで印刷が追いつかなかったのかな??


≪鳥獣花木図屏風≫ 手ぬぐい
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屛風の枠のデザインも取り入れられていて、すごく素敵!
2つだけ残っていたので、すみません、大人げなくササっとカゴへ。


≪果蔬涅槃図≫ エコバック
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裏は無地です。


≪菜蟲譜≫ A5クリアファイル
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本当は、もう少し暗い色合いなのですが、光ってしまって。
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内側は、こんな感じ。可愛い蛙がいたり、題字が入っていたり。


≪牡丹小禽図≫ A5クリアファイル
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≪老松白鳳図≫ A5クリアファイル
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一体何万本の線を描きこんでいるのか、と思うと気が遠くなる、この羽の描き方。
その根気と集中力に、もうただただ驚きです。



≪群鶏図≫ A5クリアファイル

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若冲の絵で鶏が正面を向いている絵を見るたびに、
正面から見ると鶏って、こんな感じに見えるんだったかな、と小学校の裏庭に
飼われていた鶏たちを思い出そうと思うのですが。

いつも思い出すのは、名古屋コーチンと、暴れん坊の白色レグホン。
レグホンは一回檻を出してしまうと戻すのが大変だったなぁ、なんてことばかり
思い出してしまい。
結局は、正面顔を思い出せないのでありました。


≪動植綵絵≫全三十幅 A4クリアファイル
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ありました、ありました。
前回私が見つけられなかったクリアファイル。

百人一首は覚えられないけれど、その三分の一ならば覚えられるかもしれない。
全三十幅の作品名を覚えてみようかしら、とか訳の分からないことを思う
今日この頃です。

それにしても、今回はクリアファイルの購入数が多かったなぁ。
レシート見つつ、苦笑しております。







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# by yui_usakame | 2016-05-22 14:35 | 美術展 | Comments(0)

若冲展 後期展示への道のり

連日流れる、若冲展の待ち時間情報。

200分を超えることが珍しいことではなくなり、
一体いつ見に行けばいいのか、と思案しておりました。

でももう、心を決めるしかない!と5/17(火)に休みを取ったものの、
なんと朝から雨。

一応4時に起きてみたものの、寒がりな自分が雨の中で待ったら
きっと足が攣ったりして作品どころじゃなくなりそうだし、と弱気。
どこか未練がありつつも、別の展覧会へ行くことにして二度寝。


その日は10時の時点で、入室まで約240分という公式ツイート。
平日、しかも雨なのに、むしろ待ち時間増えてる???

夕方には雨が上がる予報だったので、雨があがったら、なんてしぶとく思ってましたが
残念ながら一日雨が降っており断念。

金曜の夜に行こうか。
と思ったら、仕事が溜まってそれどころではなく。


もう、行くのを諦めよう。


前売り券を購入してあるけれど、仕方ない。


でも、どこかなんだか落ち着かない。
毎日毎日、公式ツイートを見ては待ち時間に驚きつつ
でも、そんなには一人で待てる気がしないし......

寒さにも暑さにも弱いし。うぐ。


だけど、落ち着かない。
前期展示で「あれはじっくり後期にみよう!」と見残してきた作品や
後期展示の作品が気になる。


日本国内にある作品なら、いつかは見られるかもしれない。
でも、もしかしたら、もしかしたら、プライスコレクションは、もう里帰りが
ないかもしれない。(いや、まったく今後の予定は知らないのですが)


それでもって、動植綵絵の全点展示はさすがに数年内にはないだろうし
たとえ見られたとしても、もっと体力も気力も低下している自分。
果たして、行けるかどうか分からないし。


行こう、かな。

起きられたら。


一応、準備して寝よう。
そう昨日の夜に思いまして。

寒さ対策、暑さ対策、待ち時間対策を漠然と考えて就寝したのが22:30。


恐らく1時過ぎから眠れなかったと思います。
まだ薄暗い3:30からゴソゴソと準備を始め、始発電車を目指し出発したのが
午前4時前。
バスの始発は2時間後のため、駅まで歩き。


途中で食料を調達し、ここで一気に荷物が重くなるという。
買いすぎだ。明らかに、買いすぎだ。
けれど、お腹が空いてしまっても気が散ってしまうし、と。


4時半ぐらいの始発電車には、そこそこ人がいて。
一体、みなさんどこへ行かれるのか?も、もしや、じゃ、若冲展?!

乗客が少ないけれど、冷房は通常モードなのか冷え冷えする車内。
いやぁ、さすがに外でもこんなには寒くないだろう、なんて思ってたのですが
まさか、その予想が外れるとは。


乗車中に待機列について調べてみたら、本日は午前2時から並んでいる方が
いらっしゃるという情報が。恐るべし。
徹夜組まで登場するなんて、一体どうなるんだ今日は。


5:40ごろ東京都美術館に到着。
すでの150人ほど並ばれていました。
思ったほど多くなくて、非常に安堵しました。
この位置なら、第一陣で入れそうです。

殆どの方が携帯用の椅子や、新聞紙の上に座ったり、座布団に座ったり。
私も持って行ったプチプチ(梱包材)の上に座りまして。


6時前に係りの方登場。
「列を作り直すので、皆さん一度お立ち下さい」とのこと。
こ、こんなに早くから係りの方がいらっしゃるとは思いませんでした。

そして再び着席。
そういえば、6時にお寺の鐘が聞こえました。
二度と、この時間に聞くようなことはないだろうと思いつつ。


その後は8時まで、ひたすら座ってました。
半袖+カーディガン+薄手のウインドブレーカーでは足りず
首にはストールをグルグル巻きつけまして、日焼け防止用に持って行ったボレロを
お腹に巻きまして(!)、汗をふくために持って行ったはずの手ぬぐいをウインドブレーカーの
中で密かに片腕に巻きつけるという。

到底人様にお見せできる恰好ではない格好で座っておりました。
もう少し待ち時間長かったら、ホッカイロも出動させるところでした。
それぐらい建物に一番近い列は日が当たらなかったです。

暑いのも困りますが、まさかここまで寒いとは。
手が冷えてしまい、最後の方はずっとさすっておりました。
薄いダウンジャケットを着てる方がいらっしゃいましたが、まさに正解。
素晴らしい判断力。


開門するというので、列が動き出したのが8時前。
下りエスカレータの手前まで先頭が誘導され、私もテントの下で30分ほど
立ったまま待機。

館内に入ったのが8:30ごろ。

荷物を持ったまま見るしかないと思っていたのですが、ラッキーなことに
私の後ろで一旦列がストップしたようで。
ロッカーに仕舞っている間に追い越される心配がないのが分かり、お財布と
携帯電話だけ持って荷物をロッカーに預けられました。
これは本当に嬉しかったです。



8:44ごろ入場開始。


ロビー階は後期展示作品だけ見まして、1階の≪釈迦三尊像≫と≪動植綵絵≫へ。

そう、そう、この光景を見たくて仕方なかったんです。
混雑してない時間帯に、ぐるっと全ての作品を見まわしてみたかったんです。
嬉しくて涙が出そうでした。いや、泣いてたかも。

やや人が増えてきたので、自分の好きな絵や気になる絵をピンポイントに、じっくりと
見てから2階へ。

前回、立ち止まることなくみた≪菜蟲譜≫も、じっくり、じっくり。

≪果蔬涅槃図≫と≪石峰寺図≫は、昨年のサントリー美術館の展示でも
見たのですが、今日は≪石峰寺図≫にいたく心惹かれました。

若冲展 特別記念講演⑤で書きました≪鳥獣花木図屏風≫に貼ってあるという
小林先生の文字も、右雙の右端の黒い木(?)の部分に確認できました。

プライスコレクションの≪虎図≫も、独り占めで見られた時間があったので
とても嬉しかったです。

気になっていた作品を全て見てから、グッズ売り場へ。
壁には「売り切れ」の表示がありましたが、どうやらこれは昨日の状態だったのか
絵葉書やクリアファイルは完売と書かれたもの以外は並べられていたように
思えます。

ただ、手ぬぐいが2つしか残ってなかったので、ここぞとばかりに、はい。

ここで気が緩んだのか、一気に両足が攣るという状況に。

それでも、せっかく来たのだからともう一度ロビー階から見ることに。
すでに館内は、かなりの人人人。

でもスムーズに見られる作品もあり、ややじっくりめに愉しむことが出来ました。
ただ一階は、どこも人垣が。中央付近で左側だけ見たり、右側だけ見たり、
≪釈迦三尊像≫を後方から見つめたり。

あー、この中から次に見られるのはいつだろう、どの作品だろう、と思いつつ
会場を出ました。


いやぁ、早起きできて良かった。本当に良かった。
二度目行かなかったら、今後ずーっと気になってたと思うので。

ようやく若冲展の待ち時間を気にせず、過ごせることができます。はい。







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# by yui_usakame | 2016-05-21 23:29 | 美術展 | Comments(0)

『広重ビビッド』展 サントリー美術館

昨日、行って参りました。
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原安三郎コレクション 広重ビビッド展。

土曜日(と金曜日)は20時までやっているというので、18時ごろに美術館へ到着。
展示数が多いということでしたが、2時間あれば余裕だろうと思っていました。

甘かった。
私の読みは全般的に甘いですが、またしても甘かった。

最後の方は時間に追われ、じっくり解説を読みながら楽しむことが
出来ませんでした。無念。
館内が混雑していて見られなかったのではなく、ほぼ自分のペースで
見ることができたにも関わらず時間が足りなかったという。

解説には、浮世絵に描かれているものの紹介と、そしてほとんどの作品に
現在の写真が掲載されていまして。
ほー、昔はこんなに水が多いところだったのか、とか自分が行ったことのある
地名が出てきたりすると嬉しくなったり。
一体、これはどうやって彫っているんだろう?このキラキラは??
などと丁寧に見ることができました。

そして、なにしろビビッド!
最初、展覧会のタイトルを見たときにビビッド??と思ったのですが、
ビビッド!!!でした。

本当に色が綺麗、鮮やか。細かな線、細かな点までクッキリハッキリ。
特に第1章の≪歌川広重 六十余州名所図会≫は初公開ということで
よく展示を許可して下さったなぁ、と。
ほとんど虫食いがありませんでした!
なんでだろう、どうやったらこんなに綺麗な状態を保てるんでしょう???


4階の第1展示室は、すべてこの≪歌川広重 六十余州名所図会≫。
こちらの階は展示替えなしとのこと。70点展示されています。

広重本人がすべての場所へ写生に行って作品を仕上げた訳ではもちろんなくて。
作品を作るにあたって参考にしたという≪山水奇観≫という絵本も会場内に
4箇所ほど置いてありました。(3箇所ぐらいだったかしら??)
このページを参考にしたであろうというページを広げてあったので、見比べることが
できて面白かったです。

最初は同じ絵本を何冊も持っている人がいて、それを広重作品と共に
展示しているのかと勘違いしておりました。
≪山水奇観≫は前編四冊、続編四冊あるそうです。

図録にも、この絵本の写真が17点掲載されていました。
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図録は、一般的な図録のサイズよりも小ぶりですが。
ですが、厚みは約4センチ!ずっしり。

絵を描く広重も、デザインが重ならないよう考えたり色々と大変だったと思いますが
その絵を再現する彫り師、擦り師の方々も凄いなぁ、と。
小さな小さな漁火とか、石の鳥居にあった点々とか、雨の極細線とか、もう。


説明に出てくる”布目摺り”、”拭きぼかし”、”ぼかし摺り”、”あてなしぼかし”は
こちらの【浮世絵ができるまで】に説明が。

あと今回は、板目刷りという板目を生かした作品を沢山堪能しました。
水の流れなどを板目で表現しよう!と考え付いたところが凄いなぁと。
図録にも、その板目が綺麗に印刷されていて。
元が綺麗だからこそだと思うのですが、この図録は保管用と観賞用の2冊欲しいかも
と訳の分からないことを思っております。

≪六十余州名所図会≫の中の≪伊予 西條≫という作品は、ホイッスラーの絵の中に
出てくるんだそうで。
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実際にホイッスラーの作品も見てみたいです。
※ ホイッスラーの作品は展示されておりません。


展示は歌川広重だけでなく、歌川国芳、葛飾北斎もありまして。
中でも、原氏のお気に入りだったという≪葛飾北斎 千絵の海≫という10点が。
なかなか揃って見られることはない、という貴重性もさることながら
波の表現の美しいこと!!クジラもいたりして。
こちらも全期間展示というのが嬉しいので、ぜひ後期もじっくり見たいと思います。


そして最後の展示室には≪歌川広重 名所江戸百景≫がズラリ。
全部で120点展示予定で、約半々ずつ前期と後期で分かれて展示されるようです。
前期、後期を通じて展示されるのは5点のみ。

一気に見てみたい気もしますが、すでに100点ほど見ている上に、120点は
さすがに体力的にも気力的にも難しいですよね。ほほほ。

こちらではゴッホが模写したという≪大はしあたけの夕立≫や≪亀戸梅屋舗≫が
見られます。
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※ ゴッホの模写は展示されておりません。



最後に購入したグッズを。

■絵はがき
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■A4クリアファイル
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すみません、うまく写真が撮れませんで。
図柄だけでも参考になれば......



後期展示は5/25からとのこと。
こちらも忘れずに見に行きたいと思う今日この頃です。







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# by yui_usakame | 2016-05-08 22:25 | 美術展 | Comments(0)

『安田靫彦』展

調べてみたら徒歩8分。

ならば出光美術館から、国立近代美術館まで歩いて行こう。
でも、そんなに近いかなぁ?と内心思いつつ。

当日歩きだしてみたら、やはりなんだか嫌な予感。

なぜなら出光美術館からお堀へ向かって歩いたら、お堀の端に出まして。
ということは、ずーーっとお堀に沿って歩かなくちゃいけないのでは...

でも、風も吹いていて気持ちいいし、のんびり歩くことにしました。

が、のんびり歩くというより少々暑さにバテつつ歩いたので
結局35分ぐらい歩いて安田靫彦展の会場へ到着。

次回からは大人しく電車にしておきます。


さて、安田靫彦展の後期展示。


私が特に見たいと思っていたのは≪夢殿≫と≪飛鳥の春の額田王≫。

そして、入口はいってすぐのコーナーで≪夢殿≫と遭遇。


なんて美しいんでしょう。
そして、その大きさに驚きました。
当たり前ですが、こんなにも大きな絵を汚さずに描くって凄いなぁ、と。

図録に載っている年譜によると、24歳で肺結核を発病し静養を余儀なくされ
静養後、28歳の時に≪夢殿≫を発表。

静養中に本や画集などで勉強をされていたとのことなので、
その時に「よし、元気になったら描くぞ」と温めていたものが≪夢殿≫に
反映されているのかな、と勝手に想像。


この作品、聖徳太子の服の模様などが浮き出ているように見えたのですが、
これが”彫り塗り”という方法なのでしょうか?

”彫り塗り”とは、
初めに引いた描線を塗りつぶさずに線を避けて彩色する技法とのこと。
こうゆう基本的な用語が分かるような本が欲しいなぁ。うう。

安田靫彦展のショップでも販売されていた、この本面白そうだし、
私の知りたいことが沢山載ってそうな気がする。

図解 日本画用語事典

東京美術




≪飛鳥の春の額田王≫は、ようやく会えたなぁという感じが。
最初に見たのは教科書だったのか、もはや記憶にないのですが
(基本的に、記憶力なし)
背景の木々の部分などに細かく金箔が蒔かれていて、画集などでは分からなかったなぁ
と、しみじみ見ておりました。

≪卑弥呼≫と同じぐらいのサイズかと思いましたが、若干、額田王の方が大きいんですね。

それにしても、私が展覧会で思ったのは、安田靫彦氏の草花の描き方が
あまりにも綺麗で。
そのまま絵に取り込まれてしまったのでは?と思うような作品がいくつも。

特に好きだったのは≪菖蒲≫という作品。

それから≪花づと≫。着物を着た女性が手に日傘と花束を持っているのですが
着物の柄や、花束にばかり私の目がいってしまい。
女性に申し訳ないと思いつつ、ずーーーっと植物を見ておりました。


あとは独特な草の色に惹かれました。
≪居醒泉≫に描かれている草の色や、≪朝顔≫の葉っぱ部分に使われている色。
安田靫彦氏の色への並々ならぬ情熱については、明日再放送の『日曜美術館』でも
見られると思われます。
先週、途中からしか見られなかったのですが明日は録画準備万端です。


今回の安田靫彦展。
一番最初の作品から安田氏の技術の高さと、その年齢に驚かされました。
作品紹介のところに、何歳の時の作品か書かれていたのですが、
皆さん口々に「これ15歳の描く作品に思えない」「今で言ったら中学生」と。

年譜を読んでいると、その後もたびたび静養をされているようですし
94歳まで長生きされたとはいえ、なかなか体力的に絵を描けなかった時期を
乗り越えて、いかに描けるときに集中して描くか、ということも考えて
いらっしゃったのかな、と。

だから、奥様に大事なものは何か?と聞かれ「まず命、次に絵」と仰ったのかな、と。


最後に図録について。

今回の図録、すごく好きです。

まず、180度パタンと開く。図録のカバーを取りますと
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正確には糸かがり綴じ製本というのでしょうか??

この綴じ方だと、2ページにわたって印刷されていても全部綺麗に繋がって
見えるのが嬉しいです。


そして、最初の解説から引き込まれます。
あたかも学芸員さんに説明してもらいながら、作品を見ている感じ。

作品目録・解説のページには、作品ごとに落款印象の写真まで。
丁寧な年譜に、細かな文献目録も。

展覧会も良かったけれど、図録を見てまた思い出して楽しめるし
安田靫彦氏のことについても、さらに詳しく知ることができる。

行って良かったなぁ、としみじみ思う展覧会です。







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# by yui_usakame | 2016-05-08 17:02 | 美術展 | Comments(0)

ツムツムに学ぶ目標設定の仕方

ツムツムというゲームをご存知でしょうか?

ものすごく簡単に説明するならば
同じキャラクターのイラストを3つ以上繋げて消していく、という。
多く消せば消すほどゲーム上のコインも貯まるし、経験値もアップするし、
まぁ、色々愉しい、と。

極めてシンプルな、かつ、ゲーム音痴な私でも簡単にできるツムツム。

これがまた、良くできてまして。

あと、ちょっと。
あと、もう少し。
もうちょっとだけ。

と、ずるずるやってしまうのです。

といっても、15分に1回しかプレイに必要な要素が増えないとか
ずるずるしたくても出来ない仕組みもありまして。

実際にお金を支払えば、それも可能になるのですが。
それをやってしまったら、もうどこへも行かないで ひたすら遊んでそうなので
今のところは、それだけは自制しております。


数年に一度、こうやってゲームにハマってしまう自分。
おいでよ どうぶつの森とか、
ビルを建設して、その中に住居やお店を作るTiny Towerとか。
なぜなんだろう。



「ツムツムって、そんなに面白いの?」と友人に聞かれ、

「うん。だってさ、大人になると短期的にこれが出来るようになった!ってこと
 少ないじゃない?
 昔は、ちょっと頑張って練習して自転車に乗れるようになるとか、すごい頑張って
 逆上がりができるようになるとかあったけれど。
 だから、ついつい、小さいけれど達成感が得られるってのも、少しずつ目標が高くなって
 いくから、それをクリアするのも嬉しくて」と言ったら笑ってました。

まぁ、要するに面白いからやってしまうんですが。



まず、様々なキャラクターを(画面上ではありますが)入手できるという
これまた私のコレクター気質をくすぐる設定。

それぞれのキャラクターに設定されている得意技を生かしてコインをより多く
獲得出来たりとか。

それから、目標設定のうまさ!

ちょっと頑張れば達成できる目標の設定とか、

ちょっと甘やかしてくれるときとか(なぜか、コインプレゼントです!とか)

かと思えば

新しいキャラクターを入手したくて、一生懸命にコイン貯めてるんだけれど、
手持ちのキャラクターがよりよい働きをするためにコインが必要だったり、
(いつもではありませんが)

まぁ、どのタイミングで手持ちのキャラクターに投資するかは自分で決められるので。
プレイする人の性格によって、ゲームの進め方はだいぶ違うように思います。


小さい目標よりも、もう1つ上のランクの目標を目指して地道にコインを貯めると
特別なキャラクターを入手できるようになっていたり、

コインに変換できる”ルビー”というものを沢山貯めるほど、コインへの還元率が
高くなったり、うーん、現実世界と同じく、貯められるかどうか。

これもプレイする人の人柄というか気質(??)が出そうな感じ。


私は、ちょこまかと貯めてはお手頃な新キャラクターに手を伸ばしてしまうのですが
(つまり現実世界でも......)
たまに持っているのと同じキャラクターがでてきてしまったり。
その場合は、持っているキャラクターの能力が高くはなるのですが。

ですが、その時のガッカリ感ときたら。うがー。
それが悔しくて、また貯めて、みたいな。


小さくコインを貯めて、入手できるキャラクターを増やすか?
それとも我慢して、特別なキャラクターを増やすか?
同じく我慢して我慢して、入手できるキャラクターを一遍に増やすとか??
他の人は、どうやって進めているのかちょっと興味もあったり。

ツムツムで検索してみると攻略法のページもあったりして驚きました。
なんだか、1回で入手するコインの桁が違うんですけど......
いつか私も、そんなことができるようになるんだろうか......


ゲームに飽きるのが早いか、上達するのが早いか。
そんなことを考えつつ、あ、15分経過したから1回プレイできるぞ!!と
いそいそとツムツムに向かうのでありました。







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# by yui_usakame | 2016-05-06 22:42 | ひとりごと | Comments(0)

『美の祝典Ⅰ』 出光美術館 

昨日、『美の祝典Ⅰ』の伴大納言絵巻について書きましたが。
もちろん、展示はそれだけではございませんで。

印象に残った作品を、つらつらと。

≪四季花木図屏風≫ こちらで見られます。 室町時代

私としては水の描き方が大好きな屏風。
驚いたのは、一枚一枚のつなぎ目の部分にも絵を描いているという。

背景の色と同じだったり、背景に金箔が貼ってあったら金箔を貼ったりということが
多いと思っていたので。
ちゃんと細かい部分まで描きこむこともあるんだなぁ、と感心して見ておりました。

そうだ、あともう一つ驚いたんでした。

この絵には竹が描かれているんですが、解説を読んでいたところ
やまと絵では竹が描かれることは少ない、と。
竹って、日本画にとっては当たり前に描かれるものと思っていた私は
思わず「え、そうなんだ」と呟いてしまったほど。


≪日月四季花鳥図屏風≫ 室町時代

太陽が少し前へせり出しているように見えて、不思議だったのですが
図録を見たら金属板だそうで。なるほど、だからかー。
絵の具で描いているなら、相当な厚塗りしないといけないだろうなぁ、と
思っていたので。
それにしても、描かないで金属板を貼るって発想が面白い!!

こちらで、その太陽部分が見られます。

≪雪月花図≫ 冷泉為恭

江戸時代に描かれたというのに、なんという綺麗な。
約160年は経過しているというのに。
実は、現代の画家が描いたんですと言われたら、すんなり納得してしまうほど
綺麗な作品でした。

雪にかすむ景色の美しいこと。


そして、この絵から折り返すように順路が続くのですが。
この部屋と、隣の部屋(国宝・伴大納言絵巻が展示されている部屋)の間に
薄い布で仕切りがしてありまして。
その布の模様が、伴大納言絵巻の応天門炎上シーン。
炎が上がり、黒煙がもくもくと立ち込めているシーンなんです。
そして、その下には消火器。

どうでもいいところで、一人にんまりとしてしまいました。


≪絵因果経≫ 奈良時代

こちらのページの真ん中ぐらいに小さいけれど一部分だけ見られます。

下の動画で冒頭に映っているのが、絵因果経です。
長さは1506.1センチあるとか。



釈迦の生前における善行、現世における生涯などがかかれているそうです。
それにしても、絵が可愛らしくて。3頭身みたいにみえる部分とか。
まるで昔のゲームのような感じで、主人公が次々と難関を乗り越えていく
ロールプレイングゲームのように見えてしまいました。怒られそう。


≪山越阿弥陀図≫ 南北朝時代

はて、山越とは?と思いましたら。
解説に、山並みの向こうから阿弥陀が姿を現すタイプの来迎図を
山越阿弥陀図というのだ、と。

なるほど。

阿弥陀様自ら山を越えるとかではなく、もう山よりも大きく描かれて
おりました。


≪十王地獄図≫ 鎌倉時代末期~南北朝時代

インパクト大。
一幅が160.5×137.8センチの双幅。

十王というのは、冥界で死者を裁く王たちのことらしいです。
1人1人の前には筆記用具が置いてあるのですが、多くて二行、たまに
何も書いてなかったりして。
なんだか聞き取りもそこそこに、もう問答無用に裁かれてそうな感じすらします。

子ども時代に見たら、相当怖がっただろうなぁ。


≪理趣経種子曼荼羅≫ 勝覚 保安3年(1122)

双鳳凰丸瓜唐草文を雲母刷りしてある上に梵字が書かれているのですが
その模様が美しいのと。
よく墨がのったなぁ、と。模様のところで筆がひっかかってしまいそうに
見えるのですが。


≪四季草花図屏風≫ 江戸時代

この屏風を見ていた見知らぬ女性が「イングリッシュガーデン的な!」と
仰っているのが聞こえまして。
うん、なるほど。
バラこそないものの、仰る意味十分分かります、と勝手に同意。

図録に、”伊年”印のある≪四季草花図屏風≫は多数現存していて
特に山種美術館の所蔵品が優品である、と書いてあって。
潔く他の美術館の所蔵品を褒めつつ、

>個々の草花の描写は的確で、宗達次世代における草花図の醍醐味を
>十分に伝える作品になっている

と、うちの子の良さもアピールしているところ。好きです。
というか、この作品好きです。

とまぁ、つらつら感想を書いてまいりましたが。
出品リストにないものも展示されていたり、小さな銅鏡とか、瓦経とか。

見応えのある展覧会でした。
Ⅱ、Ⅲも愉しみです。







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# by yui_usakame | 2016-05-05 18:27 | 美術展 | Comments(0)

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