カメがウサギにドンブリ勝負

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地球ドラマチック 『世界最古の“コンピューター”』⑥

ついに、ついに最終回でございます。


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ようやく全容を現した、古代ギリシャのコンピュータ。
では、いったい誰が2000年前に作ったのでしょうか?

「作者については、機械自体にヒントがあるはずだと考えました」


イギリスに居るフリースとカナダのジョーンズは、背面の文字盤に刻まれた月の名前に
注目しました。

「ギリシャの都市国家は、それぞれが独自の暦を持ち、月の名前も都市によって
 違いました。
 ここには、まずラノトロピオス、ドデカテウス、3つめにプシドレウス。
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 そしてフィオニケオス。 暦の最初の月です」
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「これらの名称は、いずれも古代コリントスの暦で使われていたものです。
 つまり、この機械はコリントス、またはその植民地、例えばシチリア島のシラクサから
 来たに違いありません」
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シチリア島のシラクサはギリシャのコリントスからの移住者が築いた都市国家です。
ギリシャの植民地で紀元前3世紀から4世紀にかけて繁栄しました。

天文学史学者 アレクサンダー・ジョーンズ
「注目すべきは、シラクサが”ある人物”の縁の地だったことです。
 古代ギリシャが誇る偉大な科学者アルキメデスです」

天文学者 マイク・エドマンズ
「アルキメデスは天文学の分野では月までの距離を計算し、数学では円周率や球体の
 体積の計算法を編み出しました」

数学者 トニー・フリース
「アルキメデスほどの頭脳がなければ、”アンティキテラ島の機械”は作れません。
 アルキメデスはスクリューを使って、船の底から水を掻き出す装置や、
 敵の船を巨大な鉤で掴んで転覆させる兵器を発明しました」


紀元前3世紀、アルキメデスはシラクサで暮らしていました。
その頃、ローマはイタリア南部に勢力をのばしていたため、シチリア島の要衝シラクサは
ローマ軍との戦いに備えていました。
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紀元前214年、マルケルス将軍率いるローマ艦隊がシラクサを包囲します。
シラクサは、アルキメデスが考えた兵器でローマの船を転覆させるなど抵抗を続けました。

しかし2年後ついに陥落。

マルケルス将軍は兵士たちに決してアルキメデスを殺してはならない、と命じました。
しかし、ローマの兵士は地面に図形をかく老人がアルキメデスであることに気付かず
連行を拒んだため、アルキメデスを刺殺してしまいました。


シラクサは略奪され、戦利品はローマに運ばれました。
この時、マルケルス将軍はアルキメデスが持っていた2つの機械を自ら持ち帰ったと
されています。

これが”アンティキテラ島の機械”の原型ではないかと考えられています。


150年後。
ローマの政治家キケロは、マルケルス将軍の孫の家を訪れた際、アルキメデスの作った
機械を目にした、と書き記しています。

「アルキメデスは異なる速さで動く5つの惑星の運行を1つの装置で正確に表す方法を
 編み出していた。
 現実の日蝕が、この装置で計算したとおりに起きたのだ」

天文学者 マイク・エドマンズ
「さらに大きな疑問が浮かびます。
 世界最古のコンピュータを生み出した古代ギリシャの技術は、なぜ継承されることなく
 歴史の舞台から消えたのでしょう?」

多くの歴史家は古代ギリシャの衰退とローマ帝国の崩壊によってギリシャの知識や
技術は東方に流れ、のちにイスラムの世界に受け継がれたと考えています。

マイケル・ライトも”アンティキテラ島の機械”の技術を継承したのはイスラムの科学者だった
と考えています。

「1983年 博物館に天体観測用の装置が持ち込まれました。
 レバノンあたりのもので、年代は紀元520年頃。我々が知る限り
 ”アンティキテラ島の機械”に次いで2番目に古い歯車付装置です。
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 背面の歯車は、この円盤と連動して月の満ち欠けを表示します。
 これが新月」



天文学者 マイク・エドマンズ
「歯車の技術はイスラムの世界に伝わったあと、北アフリカのムーア人による
 スペイン征服をへて13世紀ごろ再びヨーロッパに紹介されたのです」


そして14世紀に始まるルネサンス時代。
新たな装置が登場しました。時計です。
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時計は”アンティキテラ島の機械”で使われた歯車の技術を元にしたと考えられます。


”アンティキテラ島の機械”は、もともとずっと大きなものだったはずです。
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古代ギリシャの技術者たちは、それを数世代かけて小型化し最後は小さな箱に
おさまるほどのサイズにすることができたのだと考えられています。


「この機械は小さく、軽量で持ち運びが簡単でした。
 天文学の知識の、ほぼすべてが凝縮されていました。
 万物の理論が収まった、この小さな箱は古代のノートパソコンだったのです」

天文学史学者 アレクサンダー・ジョーンズ
「2000年前、古代の科学者が作った”アンティキテラ島の機械”は見事に完成された
 ものでした。
 機械の背面には月の軌道を追い、蝕を予測する暦が取り入れられました。
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 そして前面には宇宙が再現されていました。太陽と月と、5つの惑星が複雑に調和しながら
 天空を舞うのです。その洗練された作りは、まるで古代の科学者が自分たちの才能の前に
 立ちはだかるものなどはない、と主張しているかのようです。
 これこそ古代ギリシャの知の極致といえましょう」

数学者 トニー・フリース
「ギリシャは現代の基礎となる美術や建築、文化を生み出しました。
 それだけでなく、先端技術の発祥の地でもあったのです」


2000年の時を隔てて起きた2つの嵐。

1つめは、紀元前70年頃。
古代ローマの巨大な船を襲い、財宝ごと海の底に沈めました。

2つめは、1900年。
強い風が、海綿取りの漁師の小舟を人気のない島の沖合へと導きました。

2つの偶然が重ならなければ、”アンティキテラ島の機械”は永遠に発見されなかったかも
しれません。
この発見によって、私たちは古代文明で花開いた驚くべき叡智を知ることができたのです。


THE WORLD'S FIRST COMPUTER(2012)


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番組にも出ていたマイケル・ライト氏が”アンティキテラ島の機械”レプリカを
動かしている動画がありました。




時計の内部って、素人ながらに見ていても美しいなと常々思っていましたが
時計の原型も複雑で、美しいものだったとは。
今のような計測機器がある訳でもないのに、古代の人々の観察眼と、考え抜く力、
そして形にしようと熱意に驚くばかりです。
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by yui_usakame | 2015-10-12 21:36 | てれび | Comments(0)

地球ドラマチック 『世界最古の“コンピューター”』⑤

から続いております。

今回を含め、あと2回で終了予定です。


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数学者 トニー・フリース
「ライトの発見は見事でした。223枚の歯を持つ大きな歯車の上に別の小さな歯車があり
 そこに1本のピンが刺さっていたのです」


「からくりは、こうです。装置の背面近くに歯車があって、ここに細長い溝のようなスロットが
 見えます。次にここです。スロットの中に見える丸い影、ピンの跡です」
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「ライトは、さらに決定的な発見をしました。ピンの付いた歯車とスロットのある歯車の軸が
 ほんのわずかズレているのです。
 片方の歯車が一定の速度で回ると、もう片方は早くなったり遅くなったり、速度を周期的に
 変化させます」


変化を繰り返す月の運行は、小さなピンとスロットによって再現されていました。


「私の模型でお見せしましょう。
 今、ピンは歯車の中心に近い方にありますので歯車は速く動きます。
 そして、今、見てください。ピンはスロットの外側に移動しました。
 すると、歯車の回転は遅くなります。月の運行速度の変化が、これで表せるのです」
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月の軌道について、もう一つ問題がありました。


「月の軌道は完璧な円ではなく楕円です。
 しかも軌道そのものが9年周期でゆっくり回転しています。
 私はメトン周期とサロス周期を取り入れることで、古代ギリシャ人は月の軌道が
 一年間でどれ位回転するのかをはじき出していたのではないかと考えました。
 答えは一年に0.112579655回転。
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 ですが、これほど細かい数値を この機械は割り出すことができたのでしょうか?
 月の軌道の回転を、どのように歯車で再現したのか。私は考え続けました。
 
 そこで27枚の歯を持つ歯車が起点になっていると考えました。
 27の2倍は54。以前、ライトが53にこだわり、私が54に修正した、あの数字です。

 そしてある時、一瞬にして目の前がひらけたのです。

 アテネに向かう機内で、あれこれ計算していました。
 歯車の歯は27枚だと分かっていたので、27を入力してみました。
 結果は大きすぎました。

(どうやら0.004248288という数字を27で割ったようです。この数字は一体???)

 26ではどうか?と思い入力すると、今度は小さすぎました。

 私は数学者でして、数学者と言うのはおかしな発想をするものです。
 私は26.5を入力してみました。

 すると、結果はドンピシャリ。

 0.112579655。小数点第9位まで一致します。
 稲妻に打たれたかのようでした。26.5の2倍は53。
 ライトが53にこだわったのは、正しかったのです。

 ようやく53枚の歯を持つ歯車の謎が解けました。
 背面にある223枚の歯の歯車を、9年周期で回転させ、さらにピンとスロットで
 月の速度の変化を再現するのです」
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 「私たちはこれまでの研究で19、127、223、そして53といった素数を手掛かりに
 突き進んできました。そして、ようやくすべてが1つに繋がりました。
 長年厚いベールに覆われ誰にもわからなかった歯車の謎を解明することができたのです。
 とても信じられないことです」
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by yui_usakame | 2015-10-12 18:55 | てれび | Comments(0)

地球ドラマチック 『世界最古の“コンピューター”』④

から続いております。



研究者たちの前には、さらに切迫した課題が立ちはだかっていました。
背面にある大きな歯車。その歯の数が何故222または223なのか?を解明できずに
いたのです。

「新たな手掛かりを求めていました。そこで注目したのが表面に刻まれた銘文です。
 肉眼では読み取れない、これらの文字は一体何を伝えているのか?
 そんなとき、新たな撮影技術の存在を知りました」

「それは高度な画像処理によって表面の細部を映し出す最新鋭の技術です。
 ロンドンのナショナルギャラリーでは、この技術が絵画の研究に使われていました。
 ハルツの作品です。コンピューター上で仮想の照明をあてると、作者が、どのように筆を
 動かしたのかがハッキリと浮かび上がりました。
 これはまさに我々が必要とする技術でした」
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「撮影装置の開発者が、様々な角度から光をあてながら写真を連続して撮ってはどうか?と
 提案してくれました。
 50個ほどのフラッシュを並べたドーム型の装置に”アンティキテラ島の機械”を入れて
 撮影しました。」
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「その後、画像処理を施して色や質感など余計な要素を取り除き表面の本来の姿を
 浮き上がらせたのです。」

「それはゆうならば、古代の文字がこちらに向かって飛びだしてくるような感覚でした」


研究は、新たな局面を迎えました。

宇宙物理学者 クセノフォン・ムサス。
「シグマ、カッパ、ガンマ。ほら、ここだ」
「どうゆう意味だい?」
「223だよ」
「223だって?!」
「そうだ。あの下の行だよ」
「間違いないか?」
「あぁ、間違いない」


223とは、歯車の歯の数なのでしょうか。
そこに新たな情報が飛び込んできました。
今まで見落とされていた破片が博物館の倉庫で発見されたのです。

研究者たちは、これを破片Fと呼び背面の目盛板の一部だったと推定しエックス線写真を
撮影しました。

「破片Fが背面にある目盛板の一部だった、と分かった時は胸が高鳴りました。
 そして四重の螺旋になっている目盛の正確な数を知りたいと思いました。
 最新のプログラムに全てのデータを入力してみると、目盛は220から225だという
 結果がえられました。私は223に違いないと確信しました」


「223という数の意味を求めて大英博物館へ向かいました。
 古代ギリシャの黄金期より300年前の、紀元前7世紀。古代バビロニアは、
 すでに高度な天文学を確立していました。当時の銘板に答えが記されていました。
 223とは、古代バビロニアで考え出された18年周期を意味していたのです。
 
古代バビロニア史 ジョン・スティール
「バビロニア人は蝕(しょく)の周期を18年周期、つまり223か月と捉えました。
 今日(こんにち)サロス周期と呼ばれる暦で、日蝕や月蝕が223か月ごとに繰り返す、
 というものです」

「ではバビロンの王は蝕を事前に知って、どうしたのでしょうか?」

「蝕は不吉な前兆でしたので、王は退位し代わりに犯罪者や、それに類するものを王座に
 つかせました。
 この銘板には、代理王が王座に就く儀式が刻まれています。ここに、代理王は不吉な
 ものを一身に背負ったとあります。
 最悪な時期が過ぎると、代理王は殺され本物の王が再び王座に戻ったとされています」

「代理王が死んだならば前兆は正しかった、ということですね」
「そうゆうことです」


ようやく明らかになった背面の歯車の秘密。
歯の数は蝕の周期を表す223。
つまりこの機械は日蝕や月蝕を予測する機能を持ち合わせていたのです。


「この機械の目的は未来の蝕を予測することだったのです。
 何と優れた発想でしょう。時間の概念を具体的な運動に変換して数十年後の結果を予測し
 表示するのです。要するにこれは、人類が初めて創作したコンピュータなのです」


歯車はコンピュータを動かす、いわばプログラムでした。
では出力データは、どこに表示されたのでしょうか?
ヒントは破片Fにありました。


「破片Fのエックス線写真は、一見大した情報がないように見えました。
 しかし深い層に降りていくと目盛が浮かび上がり、さらに微かな文字が見えました」
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「古代エジプトのヒエログリフに似た文字で、私はこれをグリフと呼びました。
 グリフは蝕の予測に違いありません。
 私はまず、最初の文字がシグマだと気づきました。英語のSにあたりセレーネ、つまり
 月の女神の略です。これは月蝕を意味していると思いました。
 次にエートの文字に気付きました。英語で言うHで、太陽の神ヘリオスのことです。
 つまりこれは日蝕です。
 次の記号には苦労しました。錨の形をした、この記号です」
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「ギリシャ占星術に関する本を調べてみると膨大な量の記号がありました。
 そこに、たまたまこの記号を見つけたのです。
 それはオラ、つまり時間の略でした。

 つまりこの機械は蝕の日付を予測するだけでなく、その時間まで計算したのです。
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 針が目盛に沿って動くと、ここでちょうど月蝕になります。この月には日蝕。
 次の月には月蝕、というようにね。
 我々はインターネット上で情報を共有し、研究をつづけました。
 するとアテネに居たビザキスが「色は黒」という文字を見つけました。

 トロントのアレクサンダー・ジョーンズはさらに「色は炎のような赤」という言葉を発見しました」

天文学史学者 アレクサンダー・ジョーンズ
「この機械は数十年後の蝕と、その日時を予測するだけではありませんでした。
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 影が進む方向や、光の色までをも予測する極めて高度なものだったのです」


「アテネで見る皆既月蝕です。月蝕や日蝕は古代の天文学者を魅了しました。
 しかし、ほとんどの人にとって、それは恐ろしく不吉なものでした」


蝕の周期は、機械の背面にあるサロス周期目盛板に表示されました。
針を動かすのは蝕の周期を表す223の歯を持つ歯車でした。
しかし、新たな疑問が浮かび上がりました。

月の軌道は楕円です。
速度は地球に接近するほど早く、遠くなるほど遅くなります。
この動きを、どのように再現していたのでしょうか?
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by yui_usakame | 2015-10-12 16:54 | てれび | Comments(0)

地球ドラマチック 『世界最古の“コンピューター”』③

から続いております。


古代の人々は月の満ち欠けを頼りに暮らしていました。穀物を植えたり、宗教行事を
行ったりする時期、そして戦争のタイミングまで月の満ち欠けから判断していました。


天文学史学者 アレクサンダー・ジョーンズ
「127という歯車の歯の数も重要な手がかりでした。新月から新月までの1朔望月は
 およそ29.5日。一方、月の公転つまり月の満ち欠けを考えると月が地球の周りを
 単純に一周する周期は27.3日です。古代の人は、メトン周期でいう1周期、
 すなわち19年の間に月が254回公転することを知っていました。
 しかし、それだけの歯を刻むのは大変です。そこで254の半分127枚の歯を他の
 歯車と連動させることにしたのです。
 プライスは127枚の歯が月の公転を表すための工夫だったと確信しました」


「127と19。2つの素数がいずれも重要な意味を持つことが分かりました。
 20年間にわたる研究の末、プライスは機械の全容を明らかにしたと考えました。
 しかし大きな謎が残されていました。背面にある歯車です」
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「歯の数は222か223で、その役割は分からないままでした。
 何としてでも内部を見たいと思いました。

 ある日、科学専門誌を見ていると金魚を映した三次元のX線写真がありました。
 別の写真では、イナゴが体内の細部まで映し出されていました。

 この撮影技術を使って、機械の内部を三次元で見ることができないものか考えました」


フリースは立体的なX線撮影の技術を持つ会社に協力を仰ぎました。
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「撮影には被写体をゆっくり回転させX線を3000回ほど照射します。
 その結果をコンピュータで三次元に変換します。こうして立体的な画像が得られるのです」

「最初の画像が現れたとき、誰もが息をのみました。
 見たこともない光景です。まるで歯車が、海の底から次々と浮かびあがってくるようでした」

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(映像ですと、もっと細かく見せてくれて、とても綺麗だったのですが。
 残念ながら再現できませんでした。本当に浮かび上がるという表現がぴったりでした)

「この画像を手掛かりに、より本格的な研究に乗り出すことができました。
 内部の構造を把握するため、私はまずコンピュータグラフィックスで再現してみました」

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「ほんのわずかな空間に、これだけのものが詰まっているとは驚きでした。
 歯車はお互い触れそうな距離にあり、見事な層をなしています。その数は27個。
 本来は恐らく50個以上あったと思われます。最大の謎は、これまで見落とされていた
 背面の歯車の役割です。歯の数は222か223の、どちらかです。
 223と言えば、プライスが既に発見した19と127と並ぶ新たな素数です。
 研究チームは、これらの奇妙な数を糸口にいよいよ、この難題に取り組もうと
 していました」


プライスたちの研究チームには、一人のライバルがいました。
ロンドンで25年間独自にこの装置の研究に取り組んできたマイケル・ライトです。
ロンドン科学博物館の学芸員だったライトは楽器から機械仕掛けの古時計まで、
あらゆる機械の仕組みを研究しています。
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アンティキテラ島の機械も作り手の視点から徹底的に調べてきました。

これまでの研究でアンティキテラ島の機械は全体が木製の箱におさまっていたことが
分かっています。

そこでライトは箱型の模型を作り、側面のハンドルで歯車を回せるようにしました。
この模型には、ライト独自の考察が加えられています。
箱の前面に天体の軌道を表示する複雑な天体観測機を設置したのです。

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「古代の人は、天動説を信じていました。中央の、この丸い部分が地球を表し
 すべてが(地球の)周りを回っていました。
 動きが最も早いのは月で、一番手前の針で表しました。
 昔の人は毎晩、夜空をテレビのように見ていたのでしょう。
 彼らは私たちよりもずっと天体を理解していたのです。
 古代の人々は月を基準に暮らしていました。そのため、月に支配される一か月と太陽に
 支配される一年とを上手く調和させる暦が必要でした。
 それが、この装置に組み込まれていたのです」

ライトは、さらに53の歯を持つ歯車にも注目しました。
古代の人は、どのようにしてこの半端な数の歯を刻んだのでしょうか?

「53が54よりも難しいということは決してありません。
 古代ギリシャの職人は、まずこうした金属の薄い板を金槌と鑿で円に切り取りました」
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まず、円を六等分し印をつけます。
次に、6つの区分を9等分すると54になってしまうので、8と6分の5という半端な数字で
分けていきます。

「53枚の歯が出来ました。このまま模型に使います。
 古代の職人は、この作業を30分ほどでこなしていたでしょう」

(なぜ、30分ほどと思ったのかは少々ナゾではあります)

一方、CGを使って機械を再現したフリース(数学者)はライトがこだわる53という数字に
納得できずにいました。

「53。なぜ53なのか。この半端な素数は何の意味もないように思えました。
 一方54は2で割ることができ、3でも複数回割れて遥かに扱いやすい数です。
 私は54が正しいと思いました。しかし、それは大きな誤りだったのです」

この間違った判断が、のちのちまでフリースを悩ませることになります。
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by yui_usakame | 2015-10-12 16:18 | てれび | Comments(0)

地球ドラマチック 『世界最古の“コンピューター”』②

①は、こちらです

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「注目したのはイギリスの物理学者デレク・デ・ソラ・プライスの研究です。
 プライスは1950年代に初めて この金属の物体を本格的に調べました。
 そしてエックス線写真を使い、合計で27個の歯車が組み込まれていることを
 突き止めました。実に複雑な構造です」
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「プライスは初めて歯車の歯の数をかぞえた人なんだよな」
「手作業で歯車の輪郭をなぞって数えたんだ。だから正確さに欠けたのも仕方がない」


エックス線写真では歯車が重なって見えてしまうため作業は難航しました。
それでもプライスは歯の数に謎を解くヒントがある筈だと考えました。

「そして、とうとうある歯車に127枚の歯があることを突き止めたんだ」
「235という数も発見した。いずれも古代の天文学に関係する数字だ」


127の歯がある歯車は、月の動きを再現するためのものだったという説をプライスは
立てました。

数学者 トニー・フリース
「プライスは発見の重大さに夜も眠れなかったことでしょう。
 2000年前に、この機械が本当に存在したならば西洋の科学技術の歴史そのものを
 書き換えなければならないからです」


もっとも創造性に満ちた文明の1つを生み出した古代ギリシャ。
今から2500年前、人々の思想に大きな変化をもたらし、のちの18世紀の産業革命に
匹敵するほどの技術革新を成し遂げました。

紀元前5世紀、絶頂期を迎えた都市国家アテネは、その輝かしい栄光を美しい彫像や
建造物によって表しました。
アテネを見下ろすアクロポリスの丘に築かれた巨大なパルテノン神殿。
守護神アテナに捧げられたものです。

古代ギリシャ人が好んだ公開の場での討論や演説は、民衆を対象にした演劇文化に
発展しました。
14,000人を収容するエピダウロスの古代劇場。
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音響に優れ、舞台上の微かな音でも最後列まで響きます。


古代ギリシャ人は天文学を数学の一部として発展させました。
天体までの距離を計算し、幾何学的に把握していたのです。


フリースたちの研究チームは古代ギリシャの人々が天文学と数学を融合させ、歯車で
天体の動きを再現したと考えました。
さらに、その目的は月の動きの解明にあったと推測しました。

天文学史学者 アレクサンダー・ジョーンズ
「月は重要で、宗教行事の日取りも月の満ち欠けで決めていました。
 うしろのパルテノン神殿でもそうでした」


プライスが発見した235という数字が重要な意味を持ち始めます。

「古代の人は1朔望月、つまり新月から次の新月までの周期がおよそ29.5日だと
 知っていました。ところが1年は12か月なので、これを12倍すると354日です。
 つまり月を基準にした1年は、太陽年 太陽を基準にした1年よりも11日短いのです。
 しかし古代の人は同時に19太陽年が235朔望月と、ほぼ等しいことも知っていました。
 つまり19年を1つの周期と考えれば、月の暦と太陽の暦はピッタリ一致するのです。
 プライスにとって、これは最初の突破口でした」

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機械の背面上部には235個の目盛が刻まれた文字盤の跡がありました。
19太陽年を一つのサイクルと捉えるメトン周期です。
ここにメトン周期の目盛が刻まれていることは、何を意味するのでしょうか?
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by yui_usakame | 2015-10-12 14:30 | てれび | Comments(0)

地球ドラマチック 『世界最古の“コンピューター”~宇宙を再現!古代ギリシャの技術~』

地球ドラマチック 『世界最古の“コンピューター”~宇宙を再現!古代ギリシャの技術~』

2015年3月8日に放映された録画を、先ごろ見ておりました。
あまりにも面白かったので、書き起こしてみようと思い立ち、ちょっぴり挫折しそうになりつつ
なんとか少しずつアップしていこうと思います。

分からないところは自分なりに調べ文字にしておりますが、誤変換や、聞き取り間違いが
あるかもしれません。ご容赦くださいませ。


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「1901年に、この破片が見つからなければ古代にこれほど高度な技術が存在したことを
誰も信じなかったでしょう」

「ここまで精巧に作られたとは、まさに驚きです」

2000年の時を経て私たちの前に現れた古代ギリシャの遺物。
腐食した金属の塊が精密な機械の一部だったことが分かってきました。

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「古代ギリシャの時代に誰かがどこかで作ったアナログのコンピュータなのです」


今から100年余り前、エーゲ海の海綿取りの漁師が海底に沈む難破船の残骸を発見。
彫像や美術品など大量の財宝が引き上げられました。
財宝と共に発見された青銅の小さな物体は、”アンティキテラ島の機械”と呼ばれ
研究者たちを長年虜にしてきました。

そして今、最先端の技術を使った研究によって、この物体に秘められた謎が明かされようと
しています。

古代文明の計り知れない叡智。
小さな機械に隠された驚くべき真実とは・・・


「古代ギリシャ人は凄いことをやってのけました。
 歯車を組み合わせて天体の複雑な動きを再現したのです。
 これは間違いなく、類まれな天才による創造です」

世界最古の”コンピューター” ~宇宙を再現! 古代ギリシャの技術~

ギリシャ エーゲ海に浮かぶアンティキテラ島。
岩に覆われた島の沿岸に、100年余り前一隻の小さな船が流れ着きました。

船に乗っていたのは、スポンジの材料となる海綿を取る漁師たちでした。
一行は嵐を避けて偶然辿り着いた海で海綿を探すことにしました。
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漁師は海底で青銅の彫像や大理石の美術品など古代ギリシャの財宝を発見しました。
2000年前、ローマが地中海におけるギリシャの覇権を脅かし始めた頃、船と共に
沈んだものです。

古代ギリシャの栄光を伝える傑作の数々は2000年の眠りから奇跡的に蘇りました。
海底から引き上げられた彫像や美術品は、現在アテネ国立考古学博物館に収蔵されて
います。

その中に海底で腐食し複数に割れた、一見なんということもない金属の塊があります。
しかし塊の内部には複数の歯車が重なっています。
研究者たちが”アンティキテラ島の機械”と呼んだこの物体は2000年前に生まれた
世界最古のコンピュータだったのです。

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「息をのむほどの精密さです。ここを見ると金属の部分に細かいギリシャ文字が刻まれて
 いるのが分かります。
 古代ギリシャでは水車などに木製の歯車が使われることはありましたが、金属の歯車で
 ここまで精巧な機械が作れたとは衝撃的です」


この機械は誰が何の目的で作ったのか?
謎を解明するため天文学者のマイク・エドマンズが、数学や科学などの専門家に呼びかけ
2000年に国際的な研究チームを立ち上げました。


数学者のトニー・フリースは、いくつかの重要な調査で責任者を務めました。
「まずは基本的な情報を整理しました。沈没船の跡から回収された品々は、この機械が
 いつ、どこで作られたのかを知る重要な手掛かりでした」

最初の発見から75年。

フランスの海洋学者ジャック・イブ・クストーによる海底調査で新たな積み荷が
発見されました。
アンフォラと呼ばれるワインの運搬に使われた壺や船体の一部と思われる木材、そして
青銅の小さな立像。
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クストーは沈没船がローマのガレー船、つまり軍艦だったと考えました。
最大の功績は古いコインの発見でした。
年代を特定する大きな手掛かりとなりました。

「籠が描かれていますね?」

考古学者 パナヨティス・ツェレカス
「ペルガモンの王が伝えた籠です。ほとんどのコインはペルガモンで作られました。
 一部エフェソスのものもあります」

「このことから、何が言えますか?」

「この船が小アジアの港に寄ったことが分かります」

「年代は?」

「紀元前70~60年の間の10年間です」

「コインは船が辿った最後の航路と年代を知る最初の手がかりでした。
引き上げられた積み荷をさらに調べてみると、船が必ずしも軍艦ではなかったことが
分かってきました」

考古学者 ディミトリ・クルクメリス
「かなり大型の貿易船でした。この時代としては巨大と言ってもいいでしょう。
 最大級の貿易船でした。これほど大型になると立ち寄れる港は僅かです。
 デロス島、ペルガモン、エフェソス、そしてロードス島くらいです。」

天文学者 マイク・エドマンズ
「船は小アジアにあるギリシャの植民地を出発したと考えます。
 ペルガモンやエフェソスと言った沿岸地帯の港です。船は南下しコス島に立ち寄ったあと
 ロードス島でさらに多くのアンフォラを積み込みました。
 大量の積み荷を乗せてローマに戻る途中、アンティキテラ島沖で嵐にあい
 遭難したのです」

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一部の積み荷については、年代を紀元前70~50年と特定することが出来ました。
船が沈没したのは、この頃だと考えられます。
しかし、この金属の物体については疑問が残りました。
ずっと後(のち)に作られ、たまたまこの海域を通った別の船から落下したとも考えられる
からです。

研究チームは、過去の研究を洗い直していきました。
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by yui_usakame | 2015-10-12 13:42 | てれび | Comments(0)

会議通訳者・長井鞠子さん②

①はコチラです




テロップ: 2月1日

この日、長井は福島に向かっていた。
重要な仕事があった。

「福島でも原発の会議あるんですけど」

(画面には、国連大学 FUKUSHIMAグローバル広報事業 国際シンポジウム
 福島の復興に向けた情報共有とコミュニケーション と書かれた資料)


東京電力 福島第一原発の事故に関する国際会議の通訳だ。
海外の専門家を交え、福島の復興に向けた知恵を出し合う。

「福島の原発のことは(震災)直後から東京で関わっていたので
 それについても何か海外に発信する あるいは海外からの方が福島の方に話を
 するっていう場面で私にできることがあればなっと思う思いはありますけども」

同じ東北で生まれ育った長井。
特別な思いで、この仕事の臨もうとしていた。

テロップ: 「ふるさと」の通訳

テロップ:2月2日

海外の専門家たちが福島にやってきた。
(電車の改札前で専門家たちを出迎える長井さん)

「通訳をつとめさせていただきます長井鞠子と申します」
(と、英語で会話する長井さん)

国連のナンバー2をつとめるディビット・マローン(国連事務次官次長)。
世界の人道支援に影響力を持つ人物だ。

そしてチェルノブイリの事例に詳しいミランダ・シュラーズ(ベルリン自由大学教授)
ドイツのエネルギー政策に深くかかわっている。

その他、国連大学の研究者など18人で福島の復興を様々な角度から議論する。

まずは、除染の現状を視察する。

テロップ: 伊達市 除染除去物仮置き場

震災直後から福島にかかわってきた長井は専門用語を熟知している。

この日、最後に向かった場所があった。

テロップ: 福島 川俣


放射能の影響で避難生活を強いられている人々が暮らす仮設住宅だ。
海外の専門家が来ると聞き、大勢の人が現状を訴えたいと集まってきた。
メモにまとめてきた不安や悔しさを、とつとつと語った。

長井は言葉に込めた思いを丁寧に訳していく。


震災から三年。
報道も徐々に減る中で、自分たちが見捨てられていくのではないかと恐れていた。

明日の国際会議は国連機関を通して世界に動画が配信される。
被災地の訴えを、直接世界に届ける貴重な機会となる。
(ハンカチで汗をぬぐい、通訳を続ける長井さんの姿)


その夜、会議の準備をする長井の姿があった。
(ホテルの机で資料を広げる長井さん。ベッドの上にも資料が広げられている)

「今日の集会で出てましたよねトルコキキョウ。あれは私、お花としか言えなかった。
 トルコキキョウフラワーとしか言えなかったですね。
 ちゃんと調べておかなきゃいけない。
 テキサスブルーベルっていうのが一番わかりやすそうですね」
(ノートに トルコ桔梗 Texeas Bluebellと書いていく長井さん)

「この人たちが思ってることは絶対に正しい言葉で細大漏らさず伝えたいっていう
 思いがあって、それ以上でもないし それ以下でもないと思ってます」

長井の手元には1冊の資料が届けられていた。

「これです」

明日の国際会議で被災者代表として現状を訴える浪江町町長のプレゼン資料だ。
浪江町は全町民2万人以上が避難生活を強いられている。
その町長の訴えを、どれだけ深く世界に伝えられるか。

長井は、一つの言葉に注目していた。
(資料に書いてある”ふるさとの再生”の、”ふるさと”を丸で囲む長井さん)

「浪江町の”ふるさと再生”ここは英語の単語をどう使うか」


ふるさと。
明日の発表のキーワードになる言葉。

「直訳はhometownになるんですけどね。homesとかね。
 でも”ふるさと”という言葉で何を意味しているのか」

通常、”ふるさと”はhometownと訳すが長井はもっと適切な言葉がないか
考えていた。

(長井さんが電子辞書とにらめっこ。EX-word DATAPLUS6の文字が見えます)

「our homesって言ったら、住宅を作ればいいって聞こえなくもないですよね。
 どれもピンとこないですね”ふるさと”」

(資料には、ふるさとの再生→帰る・帰らないではなく、皆の宝を、引き継いだ責任
 という文字が見えます)

「皆の宝 引き継いだ責任 引き継ぐ責任
 もうすごく思いがこもってるじゃないですか。
 Namie homes うーん、なんか通じないですね。”ふるさと”再生」

たった一つの単語に込められた切実な思い。

(悩む長井さんにスタッフが「”ふるさと”と言うのは・・・」と語りかけると)
「大事。”ふるさと”すごく大事。”ふるさと”。
 だって”ふるさと”ってすごく大事じゃないですか」

テロップ: 2月3日

会議当日を迎えた。
会場には150人もの聴衆が集まった。
(背広を着た男性、制服を着た女子学生などの姿が)

国連事務次長のマローンが、海外での事例を紹介し始めた。

(通訳ブースで通訳を開始する長井さん)

チェルノブイリの事故では多くの人たちが新たな土地に移住して
生活を立て直したという。

汚染された時を捨てるという選択肢。

だが今、福島で求められているのは それではない。

ふるさとへの特別な思いを、世界へ伝えたい。

被災者代表、浪江町町長の馬場有さんが壇上に立った。
勝負の通訳が始まった。

(町長の「そして あのきれいな”ふるさと”の再生もですね」という言葉に)
beautiful Namie town as our home

長井は考え抜いた訳で”ふるさと”という言葉を伝えた。

Namie as our home
私たちの生まれ故郷 浪江


たとえ難しいと言われても、生まれ育った土地に帰りたい人は大勢いる。
長井は”ふるさと”という言葉に込められた思いを世界に届けた。


ミランダ・シュラーズ(ベルリン自由大学教授)
「日本の”ふるさと”の意味がとてもよく伝わってきました。
 帰れる場所の大切さ。人と人のつながり。
 その”ふるさと”の再生がどれだけ大切かということがとてもよくわかりました。
 ですから国際社会は福島を支援しなくてはならないし、もっと世界に福島に
 ついての情報を伝えていくべきです」


「通訳として果たすべき部分はあったかなという感じは持っています。
 やりきったとかそういう感覚では全然ありませんけど。
 だから こういう会議の場をいただいたら私 来たいですね。
 やっぱり福島に来て続けてやりたいなっていう思いはありますね」


(ミランダ・シュラーズさんとハグする長井さん)
ミランダさん「ほんとうにすごかった。信じられない」

それに対し長井さんが「もったいない言葉。ありがとうございます」と答えると
ミランダさんが「尊敬します」と。
(それに対して長井さんが照れながら「私も尊敬しています」と返していたような)



テロップ: プロフェッショナルとは

「一心に その道に邁進するという意味での我が儘な力を持っている人だと思います。
 でもこれで私は極めた、トップに行ったと思ってしまったら、もうそれは終わりだと思います。
 常に、くる仕事にちゃんと向き合って準備を怠らない。それもプロの条件だと思います」


テロップ:

同時通訳=”格闘技”
準備と努力は、裏切らない

(バイオリンを弾く長井さんの姿も、ちらっと写りました!)


********************************************************


英語に精通した方ですら、こんなにも努力されているんですから
英語できるようになりたいなー、ぐらいで何も努力してない自分が
そりゃ出来るようにはならないよなぁ、、、と。


長井さんの回を見る前に、9月14日に放送されたサイバーセキュリティ―技術者の方の
回を見ておりました。

奇しくも、準備の大切さと、目の前にあることを丁寧に対処するという部分が出てきまして。
仕事の内容も違うので、まったく同じニュアンスではないのですが。
相手が、どう行動するか、どう話をするか分からない状況で、やはり出来る限り想像して
準備をしておく。自分の幅を広げておく、というのが大切なんだなぁと勝手に解釈した次第です。
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by yui_usakame | 2015-10-12 10:44 | てれび | Comments(0)

会議通訳者・長井鞠子さん①

かな~~~り前に録画してあった『プロフェッショナル 仕事の流儀』。
同時通訳者の長井鞠子さんの回が印象深かったので
文章に起こしてみました。

調べてみたところ、2014年3月3日放送だったようで。
プロフェッショナルのホームページのコチラに簡単な番組内容が
書かれていました。

*********************************************


滝川クリステルさん
「通訳がまた迫力があるんですよ。
 こう 気持ちを代弁するかのような」

通訳ブースの中の長井さん
「子どもたちは2020年の東京オリンピックに参加して金メダルを
 とりたいと言っているんです。
 これですばらしい日本が作り上げられていくことでしょう」


長井鞠子。
熾烈な国際会議を飛び回る通訳のプロ中のプロ。

研ぎ澄まされた集中力と瞬発力が求められる同時通訳。

全身全霊を捧げて、話し手の想いを伝えていく。

「真剣勝負です。格闘技です」


テロップ: file225 職業 会議通訳者

年間200もの国際会議を任される長井。
世界中の要人から熱い支持を集める。

テロップ: マレーシア国際通商産業大臣
「発音も用語もすべて完璧ですよ」

テロップ: アメリカ元副大統領
「彼女は日本一の通訳です。あるいは世界一かもしれません」

テロップ: うちひしがれた40代

仕事も家庭も失った40代。
支えたのは母の言葉。
「母の言葉がなかったら どういうふうになっていたかは想像もつかないですね」


テロップ: 「ふるさと」のために

震災から3年。
被災地に募る思い。
福島から世界に発信する国際会議。
届けたい言葉があった。


テロップ: featuring today
言葉を超えて、人をつなぐ
      会議通訳者 長井鞠子


テロップ: 東京・品川

この日、会議通訳者・長井鞠子は朝6時から仕事の準備に追われていた。

スタッフ「おはようございます」

「おはようございます。お早いご到着で」(と言いつつ、自宅へ通す長井さん)

「3時間半しか寝てないんですよね」

マレーシアの首相が参加する経済協力会議で同時通訳を行うことに
なっていた。

「food zoneなんて書いてあるので食糧地帯って訳そうかな」
(会議の資料には、書き込みが多数)

(すると、テレビニュースの画面を見て)「なんだあれは」

外交の最前線で仕事をする長井。
政治や経済の最新ニュースを常に頭に叩き込んでおく。

「何が今ニュースになってるかというのは やっぱり ちゃんととらえとかないと
 いけないので。
 えっ そんな話でてた?ていうのは、私たちの世界ではありえないことなので。
 しかも日本だけじゃなくて外国のことも知らなきゃいけないので」


(コートを着て、出かける準備万端の長井さん。窓のカーテンを開けながら)
「あ、少し富士山見えてきました」

出勤直前、長井は何時も願掛けをする。

「ピンクに染まってる富士山が見えたりすると」
(パンパンと軽く手をたたき、富士山に向かってお辞儀)
「今日もいいことありますように。富士山信仰」
(ふふ、と軽く笑う長井さん)

「それでは行きませう」
(資料がパンパンに入ってそうな、小ぶりなキャリーバックを持って出発)


テロップ: 東京 日比谷

この日の仕事場は都内にあるホテルの会議場。
(帝国ホテルだったようです)

「おはようございます。通訳です」
(そういって、会議場前の受付を通過していく長井さん。
 通訳ブースへ向かう通路を歩いていきます)

会議は8時間半。
夕食会も含めれば12時間に及ぶ長丁場だ。
 
「おはようございます」
(通訳ブースへ入っていく長井さん)

長井は会議場を一望できる、この通訳ブースで同時通訳を行う。

「私のナジブ(マレーシア首相)が終わりそうになったら安達さんが下がって
 くださって調印式は全部あなたが」

(長井さんの他に、2名の女性がブース内にいるのが映ります)

同時通訳は通常、2・3人のチームを組み交代しながら行う。
訓練されたプロでも集中力を最高度に持続できるのは20分が限度。
過酷な仕事だ。

 
マレーシアのナジブ首相が閣僚を引き連れてやってきた。

日本企業の担当者たちに首相自らマレーシアへの投資を呼びかける。
(日本マレーシア経済協議会 第32回合同会議の横断幕が。
 13 December 2013 in Tokyoの文字も映りました)

長井の当時通訳が始まった。

(英語から日本語へ通訳する長井さん)

日本語から英語への通訳も行う。

同時通訳を行うためにはネイティブ並みの英語力が不可欠だ。
だが、それだけではこの仕事は務まらない。
求められるのは発言を瞬時に理解し自然な翻訳を時間差なく行うこと。
この技術において、長井は並ぶものがないと言われる。

猛烈なスピードで訳しながらも、同時通訳が陥りがちな たどたどしさはない。

長井は通訳の間、発言者を睨みつけるように見据える。
同時通訳の仕事を、こう例える。

テロップ: 同時通訳=”格闘技”

「真剣勝負みたいなところがありますよね。
 聞いて 理解して 分析して 翻訳して 発声する。
 そういうプロセスが1~2秒の間におこなわれるということだと思います」

「その時その場で出たものにスパッと答えなきゃいけないっていう意味では
 格闘技だっていうことにつながるわけです」

「その言ってることはちゃんと受け止めて、あたしがちゃんと聞き手に渡して
 あげるわよ。だから どんといらっしゃいと思っているだけです」

会議終盤。
難しい発言者が壇上に上がった。

テロップ: マレーシア中小企業公社 CEO

話すスピードが速く、しかも独特なアクセントがある。
熱く訴える(壇上の)女性。

その熱意が乗り移ったように長井は額に汗を浮かべ体を動かしながら
通訳していく。
(額の汗を拭く長井さん)
(身振り手振りをしながら通訳する姿が)

「ご清聴に感謝します」
(最後の言葉を訳すと、机の上にうつぶせになるような素振りを見せる長井さん。
 資料をパタパタして、ご自身に風を送っています)

20分以上に及んだプレゼンを長井は一人で訳しきった。

「負けないぞって思って やってましたから。
 彼女はものすごいパワフルだったから
 彼女のパワフルさに これでつぶされないぞっていう気持ちでやってると
 自分も乗らざるを得ないですよ。疲れました だから。へろへろです」


テロップ: プロフェッショナルのこだわり

70歳にしてなおトップ通訳者として活躍を続ける長井鞠子さん。
サミットから軍縮会議まで40年にわたって日本の外交を陰で支えてきた。
(画面にはカーター元大統領、森元首相、クリントン元大統領などなどが
 映し出されます)

その腕を頼って歴代首相や政府要人が長井さんを通訳に指名する。

(画面に石原慎太郎衆議院議員と、長井さんの写真)
「僕は人に紹介するとき She is my interpreter(僕の通訳です)って言わずに
 同志ですって紹介するの」と石原氏。

「横田基地の問題でね国防総省のローレスっていう ものすごくタフなやつなんだよ」
(画面には元アメリカ国防副次官ローレス氏の映像)
「僕らは2時間ねばって話ししたの。その間彼女もね僕が卓(たく)を叩くと彼女も
 卓叩いて(通訳)やるんですよ」

「したら終わって帰るときにねローレスがね、いやぁ今までいろんな人間と交渉したけどね
 石原さんもタフだけど、あなたの通訳もタフだなってね。
 下を巻いたのが非常に印象的でしたね。長井さんにはかなわないなぁ」

長井さんの通訳が相手の心に突き刺さっていくのには、ある秘密がある。

テロップ: 英語力×日本語力

長井さんの日本語は、とにかく分かりやすい。
耳なじみのいい表現を巧みに取り入れながら、澱みなく通訳する。


日本語の力を、より研ぎ澄ますために取り組んでいることがある。

テロップ: 銀閣 慈照寺

なんと和歌の稽古。
月に一回、京都・銀閣寺まで通い和歌を詠んでいる。
(独特な節回しで、生徒さんたちとおぼしき方々と和歌を詠む長井さん)

(自作の和歌を添削してもらっている長井さんの姿)
和歌を作ることで日本語らしい柔らかい表現を身に付けたいのだという。

「もっと極めるためには もっと英語の勉強をした方がいいかもしれないけれども
 私にとっては一番”やまとことば”というか日本語の中でも漢語ではない言葉を
 もうちょっと極めたいなという思いが強いんですよね」

「例えば”増える”っていう言い方をするときに増加するとか 増大するとか
 いうんじゃなくて、ふえるとかおおきくなるとか、そういう言い方をした方が
 本来は伝わりやすいはずなんですよね」

「もうちょっとわかりよく すんなりと耳に入り、すとんと心に落ちるような
 そういう訳ってないものかなっと常に私は探したい。
 改善しようがないなんてそんなのないですよ。
 言葉っていうのは際限ないです」



テロップ: 1月15日

1月半ば。
長井に難しい仕事の依頼が舞い込んでいた。
(自宅のテーブルで資料を広げる長井さん)

「飛鳥・藤原 その遺跡がありますよね。それを海外の専門家をお呼びして
 世界遺産に登録することに一歩でも近づきましょうという そういう仕事です」

(画面には世界遺産「飛鳥・藤原」登録推進協議会。
 海外専門家招聘 世界遺産専門家会議と書かれた資料が)

古代日本の中心地、奈良 飛鳥・藤原。
その遺跡の価値を、審査にかかわる国際機関のスタッフに説明する専門性の
高い仕事だ。

「期待には応えなければいけませんね」


テロップ: 奈良 飛鳥 1月18日

「見てまいりましょう」
(専門家たちを遺跡に案内する長井さんの姿)

現地での視察が始まった。

今回訪れたのはカナダ、韓国、そして中国から来た専門家たち。

テロップ: 石舞台古墳

日本史の専門ではない彼らに遺跡の価値を説明するのは簡単ではない。


テロップ: 伝飛鳥板蓋宮跡

1400年前、飛鳥時代を今に伝える遺跡群。
独特なニュアンスを正確に伝えられるか。


(夜。ホテルの室内)
「いただいた資料全部読んで」

同時通訳に臨む前、長井には必ず行う大切な準備がある。
会議で出そうな言葉をノートに書きだす単語帳作りだ。

「手書きしている人なんてもう天然記念物だと思います。
 だけど書いてるうちに、ちょっと覚えるような気がするんですよね。
 効率の悪い話ですけどね」


書き出すのは、その会議で使われる専門用語ばかりではない。

「Priceless 貴重な・かけがえのない」
(声に出す長井さん)

鍵になりそうな言葉は、ごく基本的な単語でも書き出し最もふさわしい訳語を
見つけていく。
ここに、長井のこだわる信念がある。

テロップ: 準備と努力は、裏切らない

「通訳の仕事は同じことの繰り返しは一度たりともないわけですよ。
 そのときに発言される人は毎回違いますし話す内容も違うし
 もちろん時間は24時間ですから限りはありますけれど できる限りの準備はして
 臨みたいですよ。
 自分はもっと準備できたかもしれないのに80%だからいいやって思うのは
 私は嫌ですね」


テロップ: 1月20日

会議当日。
(奈良県文化振興課の方と挨拶をする長井さん)

「今回のチーフの通訳をいたします長井です。
 よろしくお願いいたします」

(「頼りにしております」と担当者の方から言われる長井さん)


会議の冒頭、専門家からは厳しい意見が伝えられた。
遺跡の価値は認めるが、人類の共通遺産にする意味があるか疑問だという。

日本側の研究者が反論を述べ始めた。
長井は専門用語を的確に翻訳していく。

4時間が経過した頃、両者の溝が埋まり始めた。

会議は専門家たちから前向きなアドバイスをもらって幕を閉じた。


韓国の専門家「世界遺産登録へさらに近づく話し合いができたと思いますよ」

カナダの専門家「日本にとって歴史的にとても重要なところだとはっきりと
理解できましたし、まだ課題はありますが非常に面白いプレゼンだったと思います」


(会議に出席していた日本人の男性から声を掛けられる長井さん)
「いつの間にか同時通訳していただいてるって事を忘れて。
 私どもも かなかついていけないこともあって大変だったと思いますが
 ありがとうございました」

「こちらこそありがとうございました」(お礼を言う長井さん)


テロップ: 年に1度の楽しみ。
      アメリカに住む娘の雪子さんと孫のアキラくんと過ごすひととき


(自宅での長井さん)
「2020年東京オリンピック・パラリンピックの招致活動で使った単語帳です」

日本の国際交渉を裏方として支え続けてきた長井さん。

「今までの単語帳は全部ここに入ってます」
(四段に仕切られた棚の中には、ノートなどがビッシリ!)

ずっと作り続けている手書きの単語帳。

「1976年の9月ですよ」

40年分、捨てずに保管してある。

「みんな笑ってますよ。長井の単語帳は全部手書きだってみんな笑ってますよ。
 でもいいの。私はどこに何書いてるかわかってるから」


大ベテランになった今も、地道な準備を欠かさない。
その姿勢の陰には、今なお消えない苦い記憶がある。


テロップ: 通訳にささげた人生


長井さんは昭和18年。東北・仙台に生まれた。
三姉妹の末っ子で、物おじしない子供だった。
終戦直後、アメリカ軍の兵士に抱っこされたときも怖気づく周囲をよそに
平気な顔をしていた。

いつも活発な長井さんに、通訳になるきっかけを与えてくれたのは
母の三枝子さんだった。

大正生まれでは珍しく英語が達者。
GHQの通訳もつとめるほどだった。

母の姿に憧れて、高校生の長井さんはアメリカに留学。
周囲は「女の子なのに無茶だ」と反対したが、長井さんは平気だった。

帰国後、その英語力を生かしてアルバイトをつとめた。

テロップ: 1964年 東京オリンピック

東京オリンピック、水泳競技の選手紹介。
(当時の映像と共に、長井さんが選手を紹介する声が流れました)

そして長井さんは大学卒業と同時に通訳の会社に就職した。
初めは一生の仕事とまでは思っていなかった。
でも通訳を終えてブースを出ると、容赦ない陰口が聞こえてきた。

「今日の通訳、さっぱり分からない」
持ち前の負けん気に火が付いた。

徹底的に資料を読み込み、単語帳を作って妥協なく仕事に臨むと決めた。

間もなく結婚し、子供の世話にも追われたが睡眠時間を削っても絶対準備は
手を抜かなかった。

地道な努力を続けるうちに、長井さんの評価は少しず上がっていった。

そして35歳の時。

テロップ: 1978年 ボン サミット(先進国首脳会議)

長井さんは通訳の最高峰・サミット 先進国首脳会議の仕事に抜擢された。
以後、長井さんは歴代首相の通訳を担当することになる。

しかし、何もかも順調だと思った矢先のことだった。

40代に入って間もなく、人生の試練に直面した。

2人の子供をもうけていた夫との離婚。

仕事も家庭も子供の世話も、すべてを完璧にこなしたいと願ってきた。
なぜ、それを叶えられなかったのだろう。

持ち前の負けん気が影をひそめ、思い悩む日々。
うじうじする自分を、どうにもできなかった。

「悔しいような 悲しいような さびしいような
それで世の中に中年の夫婦が並んで歩いているのを見るだけで
もう涙出ましたし」


そんなある日、事件が起きた。

あるシンポジウムの通訳に臨む前、20年欠かさずに続けてきた単語帳作りを
初めて怠った。

それは致命的な結果を招いた。

発言者は早口で、専門用語を連発。
訳が全く浮かばず、しどろもどろになった。
全てが終わった後、長井さんは言われた。
「もう、あなたはこなくていい」


ただただ、情けなかった。

「自分はもう価値がないんじゃないかと。
 自分はこういう状態の自分っていうのは、この世に存在しちゃいけないんじゃないか
 みたいにまで思うわけですよ。意味がないんじゃないかと」


失意の中で迎えた誕生日。
一通の手紙が送られてきた。

差出人は、ずっと憧れだった母の三枝子さん。

手紙には、水遊びをする少女が写った新聞の切り抜きが添えられていた。

テロップ: 1996年4月30日 毎日新聞

あなたの子供時代を思わせる写真が載っていたので送ります。
1人真っ先に濡れるのも構わず一心に突き進んでいる姿。
まさに鞠子そのもの。頑張れ マリコ!!

 
自分を誰より知っている母の言葉。

くじけてたまるか、と思った。


「やっぱりエンジェルっていうのかなぁ」
(手書きの単語帳作成中の長井さん)

以来、長井さんは次の仕事への地道な準備を欠かしたことがない。

一つ、また一つ。
70歳の今も、目の前の仕事に全力で挑んでいる。


テロップ: 世界のV.I.Pに愛される長井

アメリカ元副大統領 ダン・クエールさん

「長井さんは相手の言った言葉の本当のニュアンスや人柄まで伝えてくれる。
 だから会議が終わってから、この人は信用できる人かどうか彼女に必ず
 聞くことにしています」


長くなりましたので、②へ続きます
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by yui_usakame | 2015-10-12 10:29 | てれび | Comments(0)

美の巨人たち 国宝「鳥獣人物戯画」前編

今年4月28日(火) ~ 6月7日(日) 上野にある平成館で国宝・鳥獣戯画の
全巻が見られる
鳥獣戯画 京都高山寺の至宝】展が開かれると言うではないですか。

昨年、京都で公開された時は恐ろしいほどの待ち時間だったとか。。。
きっと、すごい大混雑なんでしょうねぇ。
でも、一生に一度ぐらいは本物を見てみたいしなぁ。。。ぶつぶつ。

ところで、東京での展示について

>「鳥獣戯画」については、全4巻の各前半部分が前期、後半部分が
>後期に展示されます。
>前期゠4月28日(火)~5月17日(日) 後期゠5月19日(火)~6月7日(日)

つまり、全てを見たい場合は、会期中に2回は詣でる必要があるようで。

でもですね、

>同時に、この4巻から分かれ、国内外に所蔵されることになった断簡5幅も集結。
>現存する鳥獣戯画のすべてをご覧頂ける機会となります。

全てを見られる、またとない機会なのですね。なんだか、わくわくします。
私だけでしょうか。
世界各地に散らばった至宝が、一堂に会す。わくわくします。
私だけでしょうか。

こだまでしょうか。


その前に、録画しておいた番組を見て予習をしておこうと思いまして
昨年10月下旬に「美の巨人たち」で放映された「鳥獣人物戯画 前編」を見ました。


てっきり後編も録画してる気になっていたのですが、録画しておりませんでした。
かなり、ショックです。なぜ録画しなかったのか、自分。

ですが、前編だけでも記録に残しておこうかと。


*********************************************************


京都・高山寺(こうさんじ)に数百年保管されてきた鳥獣人物戯画。
全四巻からなり、それぞれ10メートルほどの絵巻物。
現在は、甲丁を東京国立博物館、乙丙を京都国立博物館で保管。

2巻ずつ保管されているとは知りませんでした。


11種類ほどの動物が描かれており、作者も目的も全て謎。
右から左へ展開する絵巻は約50センチずつ広げ、自分が見た部分を巻き取りながら
先へ読み進んでいく、と。


文星芸術大学 日本画専攻主任教授の宮北さん登場。

「多種多様な線があって、その都度、恐らく色んな濃さの墨を工夫しながら描いているので
美しい墨の色とかタッチがどういうことなのか もの凄く学べる」とのこと。

様々な墨線により動物たちは多彩な表情を見せ躍動感溢れる場面を生み出している。

しかし全体を通して見ると気になる点があると、宮北さん。
「確実に前半と後半とて線の様子が変わっているな、と」。

甲巻の前半と後半では、なぜ筆致が違うのか?

【前半と後半に登場する蛙の違い】
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前半はサラリとした筆致、後半は かすれや濃淡を駆使しているとのこと。

その謎を解いたのが文星芸術大学の学長である上野さん。

「第一紙から第十紙(前半部分)の下の方にノコギリの刃のように半月形の傷が
ずっと連なってくる」
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「戦火を受けて傷がついたものと思われる。傷のない部分は別巻仕立て。
傷を受けた時点では二巻本だったことが分かる」

つまり甲巻は、もともとは前半と後半の二巻に分かれていた、と。
白い傷跡のある前半部分の巻物が火災か何かで一部破損したため、開くと一定の間隔で
新たな紙で補修された破損個所が現れる。
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前半と後半で筆致が異なるのは別々の絵巻だったからで、それを後の世で誰かが
まとめたため、境目で絵が途切れたと考えられる、と。

後半には、もう一つの切れ目が。
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猿が双六を担いでいるシーンの次が、まったく話が飛んでしまっている。

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学長曰く「絵巻物の場合60センチ前後の料紙を紙継(かみつぎ)で繋いでいくのですが、
その糊が100年経つと効力を失ってくる。きちんと表具直しがされていればいいのですが、
それを怠るとバラバラになって前後関係が乱れてしまうこともあり得る」。


甲巻がバラバラになったということは、甲巻がバラバラになる前に写した模本や、絵巻から
抜け出てしまった断簡によって分かってきたとか。

そこには現在の甲巻には存在しない場面が描かれており、たとえば双六を運ぶ猿たちの
先には、ゲームを楽しむ猿と兎の姿が描かれていた、と。
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絵巻物を写してくれた人たち、ありがとうございます。ううう。


さて、このように物語の一部が抜けてしまっていても、人を惹きつける絵巻物。
一体、どんな演出がされているのか?


手塚治虫が鳥獣人物戯画を見たときの言葉。

「漫画っていうのはどのくらい進歩したもんだろうと見たら
ちっとも変わってないじゃないかという。
何百年か前に全部やられてしまったっていう打撃を受けたんです」


漫画家ちばてつやさんが登場し、鳥獣人物戯画のどこが先駆的だったのか?を
語ってくれます。

「一つのエピソードが終わって次の話に行くときに、ちょっと自然のものを入れたり、
雲を描いたり、ざわざわという木の揺れを描いたりして場面を変えるという展開を
アニメーションでも漫画でもコマのめくりの時にやる」


さらに、ちばさんが注目したのが動物の口から出る線。
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「ここでこういうこと喋っているんだろうなと色々見ている人が想像してはめ込んでいく。
文字を書かなかったのに、これだけ表現力があるっていうことは私たちはすごい祖先を
持っているなと思う」

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場面展開の仕方、効果線、吹き出し。
現代漫画の発明と思われていた技が、900年も前に存在していたと。

全ては物語をドラマチックに見せるための仕掛けであり、いかに見るものを楽しませるか
考え抜いた表現だったとか。



さて、話は絵巻物が描かれた時代について。

鳥獣人物戯画が描かれた平安時代、貴族の台頭により階級社会が確立した社会で
絵巻は、その階級社会を風刺したものという説があると。

甲巻の主要キャラは兎と蛙と猿
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ある時は兎は溺れる猿をからかい
ある時は猿が蛙を打ち倒し
そして、ある時は蛙が兎を投げ飛ばす


京都国立博物館 名誉館員 若杉さん曰く、「役回りが平等なんですよ。
そして大きさも(平等)。蛙と兎が相撲取れるはずがないんですけど、この絵描きさんの
動物に対する眼差しは全く平等の意識を持っているということ」

恥ずかしながら、まったくそのことに気付いていなかった私。
そうだった、大きさ違うのに。もう、至極当然のように受け止めてしまっていたという。
やれやれ。。。


話を戻しまして。


絵巻は、現実の階級社会とは間逆の、まるでユートピアのような世界。
そんな夢物語は、僧正に御礼の品が送られる場面で終わっている。
ところが、物語の本来の結末は違っていた。

模本によると、絵巻はある動物の登場で終焉を迎えていたという。

それは蛙の天敵、蛇。


人間のように振舞っていた蛙たちは、たちまち本来の姿に戻り葉陰に逃げ込む。

作者はユートピアを一瞬で打ち消すような恐ろしい結末で、この物語を終えていた。
こんなに平等で平和な世界など実際にはありはしない。
所詮は夢物語だと言わんばかりに。


なんと、そんなドラマチックな終わり方だったとは。。。
そして、続きの巻も気になります。でも、録画してない。残念。

別の番組で鳥獣人物戯画について特集していたのは録画してあるので、
また時間があるときに見てみようと思います。
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by yui_usakame | 2015-02-09 22:46 | てれび | Comments(0)

世界ふしぎ発見!【あなたの知らない華麗なる英国貴族の世界】②

世界ふしぎ発見!【あなたの知らない華麗なる英国貴族の世界】①は、
こちらでございます。


19世紀、貴族に流行した、あるスポーツ。
より優雅に、より貴族らしく見えるようにシルクハットとモーニングの着用が
義務付けられていたとか。

ドレスコードが必要なほど、高尚なものと考えられていた、そのスポーツとは?


正解は、なんとフィギュアスケート。

17世紀、凍った運河でスケートすることが流行したそうで。
ドレスコードを義務付けるほど貴族たちは優雅さと芸術性を重んじ、今の
フィギュアスケートに繋がる優雅な滑走術を編み出していったそうな。


お次は、世界遺産に住むマールバラ公爵を訪ねるミステリーハンター。
(この取材後にマールバラ公爵は亡くなられたそうです。 ご冥福をお祈りします)


パディントン駅から電車で約2時間のところにあるオックスフォード駅。
そこからは車に乗り換えて、お屋敷を目指します。
マールバラ公爵が管理する領地は約4600万平方メートル。
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渋谷区の3倍の広さだそうで。


車を降り、門から玄関まで10分以上歩いて、ようやく到着。
世界遺産ブレナム宮殿は、一部分を一般公開しているとか。
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多い日で1日5万人(!!!聞き間違いかしら。ですよね、それは多すぎますよね?!)、
年間60万人もの来場者が訪れる、と。
ちなみに見学料は大人1人あたり約4,000円とのこと。

というか。Wikiが教えてくれたんですがウィンストン・チャーチルの生家でもあるって。
チャーチルさん、第7代マールバラ公爵の三男の方の長男なんですか。。。
いやはや、存じませんで失礼しました。
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VisitBritain Japanさん(@VisitBritain_JP )のツイートにも書いてあったのに
まったく読んでなかったという。。。


特別に撮影許可が下りたということで、屋敷内部を学芸員が案内してくれることに。
最初に案内されたのがグレートホール。
ブレナム宮殿のホームページにグレートホールの写真がありました。
高さ20mの天井にはフレスコ画が描かれており、そこには初代公爵が神話の
登場人物として描かれております。
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お次は、第一の間・通称「緑の部屋」。
代々の公爵の肖像画が飾られており、天井の飾りは純金で装飾されている、と。
19世紀にベルサイユ宮殿から購入したというシャンデリアもありました。
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(それにしてもベルサイユ宮殿から買えるんですねぇ。もちろん、誰でもという訳では
ないと思いますが。。。)


宮殿の中には1740年に作られたフランスの時計、金の装飾ゆりかごなど歴史的な
価値のあるものが沢山置かれているとのこと。
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その中で一番重要なものが置かれている部屋へ。

「緑の書斎」の壁には、1704年の「ブレナムの戦い」が描かれたタペストリー。
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タペストリーの中で白い馬に乗っているのがイギリス軍の将軍だった初代の
マールバラ公爵。

ブレナムの戦いとは18世紀初頭、領土拡大のためにヨーロッパを制圧し始めたフランスを
イギリス軍が破った戦い。
太陽王と呼ばれたルイ14世を打ち負かした人物こそ、初代マールバラ公爵だったと。

戦いの結果を知らせる急報をミステリーハンターに見せる学芸員さん。
そこには公爵の殴り書きの文字。
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その急報はレシートの裏に書かれたもので、一番近くにあった紙を便箋代わりに
したらしい、と。


この勝利の結果、イギリスの女王は褒美として領地と、宮殿を建てるための膨大な
お金をマールバラ公爵に送り、
同時にマールバラ将軍は公爵の爵位を授かり、一代で貴族の最高位へ。
貴族の称号は、国にいかに貢献したか、その功績によって授けられる、と。


ブレナム宮殿の中で、一番豪華な部屋。それがロングギャラリーと呼ばれる、
大図書室で蔵書は1万冊。
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舞踏会や音楽会などのパーティーが開かれ、もちろん今も使われている、と。
300人規模の晩さん会を開催することが可能だそうで。
300人規模。。。裏方さんたちも大変そうですねぇ~。

今は、結婚式場としても貸してくれるようです。
ブレナム宮殿のホームページにWeddingsというページが。


そして部屋の奥には2000本ものパイプを使ったオルガンがあり、26オクターブもの音が
出るとか。
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個人所有ではヨーロッパ最大のパイプオルガンで維持費は年間4000万だそうです。
よんせんまん。。。なるほど、入場料約4000円するのも納得というか。

そして、いよいよ公爵へのインタビュー。
公爵が在宅時は、旗が掲げられるとか。すごいですねぇ、公爵。
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居留守使いたくても使えないですね(いやいや、そんなことはしないか)


「一般の方々が家族に対する責任が最も重要だと考えるように、私たちは
国に貢献するという意識が人生において一番大事なことなんです」と語る公爵。

Nobless Oblige
有事の際には率先して国に貢献する。貴族たちの間で古くから受け継がれる精神。

世界大戦中には貴族の長男、次男が率先して赴き、ブレナム宮殿は数十年もの間
子どもたちの疎開場所として開放されたとか。
大図書室には100ものベッドが並び、部屋は教室へと模様替えしたそうです。


大図書室のパイプオルガンには、その頃の名残が今も残っていると。
どうやら少年たちがクリケットをしてボールをぶつけてしまい、少々パイプが凹んでしまった
のでありました。

鳴るほど♪楽器解体全書 : パイプオルガンの雑学というページの”メンテナンス秘話”にも
パイプは柔らかいので取扱い注意的なことが書いてありました。

「我々貴族が受け継いできた精神を、宮殿を開放することで人々とも受け継ぎ
皆で共有し国に貢献していくことを望んでいます」と宮殿を公開した理由を語る公爵。


と、ここで貴族には欠かせない執事からクエスチョン。

19世紀イギリスでは、家の富の象徴のために執事に”あるもの”を身に付けさせることが
流行した、と。
それは当時、非常にお金がかかるもので、貴族のたしなみでもあった、と。

そんな高価なものを執事にも身に付けさせることで家の財力を見せつけた、
”あるもの”とは?


正解は、片眼鏡。
薄くて軽いメガネは当時の最先端技術で、紳士のシンボルとして定着したと。
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思わず『アルプスの少女ハイジ』にでてくる、ロッテンマイヤーさんを思い出して
しまいました。
そういえば、ロッテンマイヤーさんって執事だったんですねぇ!
だから片眼鏡だったのかしら???

『アルプスの少女ハイジ』が書かれたのは1880年から1881年というから、イギリスでは
執事に片メガネをかけさせていたことも知っていたかも?!
いや、でも原作ではロッテンマイヤーさんは執事でなく家政婦長だったってWikiが。
つまり、ロッテンマイヤーさんの片メガネは日本アニメ版の創作なのかしら。ぶつぶつ


お次は、若い貴族たちの週末に密着取材。
ロンドンから飛行機で一時間、スコットランドへやってきたミステリーハンター。
密着するのは1000年以上続くというブルーム家。

ミステリーハンターを迎えたのはホストのフレディさんと、親友のチャールズさん。
2人ともスコットランド貴族に属する由緒正しきお方、だそうで。

ミステリーハンターが宿泊した部屋は赤を基調にした、素敵なお部屋でした。
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このようなゲストルームが多数あるとか。
まさに、『ダウントン・アビー』の世界ですなぁ。

管理を任されているキャメロン氏によると、「この屋敷はスコットランドで最も古い家の
1つで1000年以上同じ一族・ブルーム家が受け継いできている」と。
この一族の第10代ダルハウジー伯爵はインド総督をつとめた人物で、この家には
インドゆかりのものが沢山あるとか。
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象の頭蓋骨、仏塔、ヴィクトリア時代の象牙の時計や、長旅の気分転換に持って
行ったというポージー(携帯用花活け)まで珍しい宝物が。

そしてブルーム家はイギリス王家の秘宝・コ・イ・ヌールダイアモンドを女王陛下に
送ったほどの名家とのこと。す、すごいですね。
私だったら、こっそり家宝にしちゃうかも(←貴族の資格なし)


さて伝統的な貴族の週末とは、一体どんなものなのか?

ミステリーハンターにゲストたちを紹介するとホストが「さっそくだけど、狩猟に行こう」と。
狩猟は、昔から伝わる貴族三大スポーツの1つだそうで。
それが、シューティング、ハンティング、そしてフィッシィング。
同じ狩猟でも歩いて行うのがシューティング、馬に乗って行うのがハンティング、と
厳密に分かれている、と。ほうほう。

で、今日はシューティングだそうで。
狩猟を取り仕切るのはゲームキーパーのマイクさん。

狩りの持ち場を決めるのは、ジンの入った小さなグラス。
グラスの底の部分に番号が書いてあり、ジンを飲み干してから底を見ると
順番が分かる、という仕組み。

今日の狩場は、お屋敷から歩いて10分ほどの場所。
狙いは雉だそうで、各自 決められた範囲の中で雉を狙う、と。

ゲームキーパーのマイクさんは、雉の巣がある森の中へ。
他のメンバーは、ジンによって決められた持ち場へ。

持ち場の範囲に来た雉を撃つことになっているけれど、鳥の飛ぶ角度や高さなど
狩猟には厳しいルールがある、と。

ゲームキーパーが樹を叩き、鳥を飛び立たせると狩猟開始。

狩猟は獲物を取るだけでなく、大きな意味があるという。
ゲームキーパーは、鳥を雛から育てていて大きくなったら森に放つ。
そうゆうゲームキーパーの役割も含めて伝統的な狩猟なのだ、と。

ゲームキーパーとは100年以上も前からある役割で、狩猟により野生動物の数が
減ったり自然環境が変わらないように、木々や川、動物まで育て森全体を整えている。

貴族の狩猟を通して地域の景観や人々の雇用が守られている、ということだそうです。


次は、晩さん会の様子が紹介されていました。
ビジネスチャンスを掴む究極の社交術とは?

ミステリーハンターもお洒落して、晩さん会へ。
準備を終えて集まってきたゲストの中には、ヒゲそりに失敗して、鼻にティッシュを
詰めてる人が映って驚きましたけど。。。


ホストのフレディさんの装いは?
「これはスコットランドの伝統衣装であるキルトだよ。このチェックは僕のファミリーの
模様で、チェックは家族ごとに異なっているんだ」
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キルトの前に下げているのは、財布や携帯電話を入れるというバッグ。
キルトにはポケットがないから、とのこと。
お友達が着ていたのは乗馬や狩りがしやすいパンツ型のキルトでした。


自宅に友人を招いてパーティーをするのがイギリス貴族の冬の過ごし方。
呼ばれては招き返し、新しい友人の輪を広げる。
これが貴族伝統の社交術の1つだそうです。

そして、いよいよ晩さん会開始のドラが鳴りディナールームへ移動。
ホストがゲストの座る席を指示し、男性と女性が交互に着席します。

貴族の晩さん会の目的は食事ではなく、会話なんだとか。
どんな人が隣に座っても、会話をし続けるのがマナー。
食事を愉しみながら、興味深い会話で相手を魅了する。そのための知識と教養を
彼らは日々磨いている、と。

席順はホストの隣に一番大事なゲストが座り、ホストは皆がリラックスして楽しんで
いるかどうか常に目を光らせないといけないとのこと。
「沢山の人をまとめる責任とか、みんなを楽しませるための心遣いとか、ホストの役割で
学ぶスキルはビジネスの場でも役立つ」と晩さん会に参加された方が仰ってました。


明治維新後、世界各国を回った岩倉使節団(1871-1873)。
スコットランドで受けた貴族のおもてなしに深く感銘を受けたという。

「欧米回覧実記」より
1872年9月8日(晩餐会にて)

・・・このような習わしは西洋の教えでも最も賞賛すべきものである



最後のクイズは、ティーカップからでした。
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フォーチュンカップと呼ばれる、どの絵の上に茶葉が残るかで占いをするカップが
紹介されまして。

次に、さてこれはなんのカップでしょう?と。
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正解は、ヒゲにミルクがつかないヒゲ置きカップ。

19世紀、紳士の証として髭が貴族たちの間で大流行。
その髭を美しく保つために作られたカップ、とのこと。
まさに”必要は発明の母”ですね。
今でも、このヒゲ置きカップ(ムスタッシュカップ)が作られているのかは謎ですが・・・


そんな訳で、とんでもなく長くなりました。
お読みいただき、ありがとうございました。
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by yui_usakame | 2014-11-29 17:07 | てれび | Comments(0)

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